最近読んだ本などなど

■犯罪 / フェルディナント・フォン・シーラッハ

犯罪

犯罪

一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。―魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。高名な刑事事件弁護士である著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描きあげた珠玉の連作短篇集。ドイツでの発行部数四十五万部、世界三十二か国で翻訳、クライスト賞はじめ、数々の文学賞を受賞した圧巻の傑作。

現職弁護士でもあるドイツ人作家フェルディナント・フォン・シーラッハによる"犯罪"小説短編集。しかし描かれるものは犯罪ではあっても、そのテーマは犯罪を犯す人間の、そこに至る数奇な運命であったり、犯罪そのものを彩る奇妙で信じ難い背景であったりする。弁護士として直面した現実の事件を題材にしていると言うことだが、小説なりの脚色はあるだろうとはいえ、こういうことが起こりえるものなのだろうか、と読んでいてふと気が遠くなったりする作品もあった。特にエチオピアに逃れた銀行強盗犯の数奇な運命を描いた「エチオピアの男」の展開は、人間心理というものが多数のレイヤーによって形作られており、犯罪とはその一つのレイヤーが何らかの理由で先鋭化してしまった結果である(あるいは、でしかない)ということをしみじみと考えさせる。それはつまり、「罪」とは何か、という問いかけでもあるのだ。さらにこの短編集を独特にしているのはその非常に淡々としたシンプルな語り口だろう。扇情的な表現を避けある意味事件報告書を読まされているかのような淡白な文体は、これはドイツ人作家によるもののせいだろうか。そういった部分も面白かった。

■アフリカの海岸 / ロドリゴ・レイローサ

アフリカの海岸

アフリカの海岸

ラテンアメリカ文学の新星ロドリゴ・レイローサが、住み慣れたモロッコを舞台に綴る、詩のような、夢のような、悪夢のような物語。パスポートを盗まれて帰国できなくなったコロンビア人が、羽をいためたフクロウとタンジールの街をさまよう。捕われたフクロウと自由を失ったコロンビア人、羊飼いの少年とパリジェンヌ。彼らはタンジールの街で一瞬だけ出会い、そのまま永遠に離散していく。あとはすべて、古屋敷の屋根裏で、すっくと立ち続けるフクロウの夢の中……。物語の多義性、多層性、そしてその背後にひそむ神秘が、この小説最大の魅力。

ロドリゴ・レイローサはグアテマラ生まれの作家。出生年代的にはかなり若い世代のラテン・アメリカ文学者と言うことになるのらしい。3章に分かれた短い作品で、北アフリカ・モロッコを舞台に、異国の地でアイデンティティを喪失してゆく男の運命を描いてゆく。とはいっても、ここでは何がしかの事件や驚くべき展開が起こるというわけではない。パスポートを盗まれ帰国できなくなった主人公が、モロッコの街をさ迷い歩くうちに、モロッコという街の磁力から逃れられなくなってゆく様子をじわじわと描いているのだ。それは破滅なのか、それとも新たな旅立ちなのか。異国のエキゾチズムというものが、ある種人間にとって毒であったり呪いであったりするものである、ということなのか。どちらにしろ、不思議な読後感を残す作品だった。それとあまり内容には関係ないのだが、物語の舞台であるモロッコの描写がとても異国情緒豊かで、読んでいてモロッコの街を観光しているような気分にさせられた。

■ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 / ゾラン・ジフコヴィッチ

ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 (Zoran Zivkovic's Impossible Stories)

ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 (Zoran Zivkovic's Impossible Stories)

  • 作者: ゾラン・ジフコヴィッチ,巽 孝之,Zoran Zivkovic,山田 順子
  • 出版社/メーカー: Kurodahan Press
  • 発売日: 2010/10/15
  • メディア: ペーパーバック
  • 購入: 7人 クリック: 36回
  • この商品を含むブログ (14件) を見る

近年大注目の旧ユーゴスラビアベオグラード出身の現代作家、ゾラン・ジフコヴィッチによる摩訶不思議なストーリーを集めた傑作選。SF、ポストモダンシュールレアリスムと形容されるジフコヴィッチの作品。シンプルな文章の背後に見え隠れするユーモアやシュールさ、知性や深みといったものが織り成す独特の世界。一見バラバラに見えていたパーツがクライマックスに近づくにつれて、ひとつの形をなしていくよう綿密に計算されたプロット。シュールなファンタジーの名手として注目株のジフコヴィッチの世界を、今回は日本語の翻訳でお届けいたします。http://www.kurodahan.com/mt/j/catalog/rs0001catj.html

ユーゴスラビア作家ゾラン・ジフコヴィッチの"不思議な"短編集。1作目「ティーショップ」は物語が物語をどんどん生んでゆく…という無限回廊を思わせるような作品。作品には一応の結末はあるものの、生成され続ける物語は、実はこの後も延々と続いてゆくのだろうし、可能なら、いかほどにでも作品は長くなってゆくのだろう。つまりこれは「終わらない物語」の一部と言うこともできるのだ。「火事」は夢が現実を浸食しつつもそれもまた夢のようであり、実は全てが夢であるともいえる不思議な物語。なにか現実の位相がじわじわと漂いどことも知れぬ場所に飲み込まれて行くかのようなうっすらとした崩壊感覚が面白い。「換気口」は未来を予知できる能力を持った女性が自殺未遂を起こし精神病院に送られるという話。未来を予知できながらなぜ彼女は自殺を企てたのか。不確かな無限個の未来が一つへと収斂する、というビジョンは、これまでの2作と違いたった一つの現実、というものへの絶望感を表現したものなのだろうか。短い3作の作品のみが収められた薄い本だったが、読み終わってもっとこの作家の作品が読みたくなってしまった(これ以外に邦訳本はないらしいが)。