超巨大宇宙建造物で起こった殺人事件を追え!〜SF小説『シリンダー世界111』

■シリンダー世界111 / アダム=トロイ・カストロ

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

“AIソース”と呼ばれる人工知性集合体が深宇宙に建造したシリンダー型ステーション“111”。直径千キロ、長さ十万キロにおよぶ巨大構造物で、殺人事件が発生した。この特異な世界に生息するウデワタリという生物を研究中の女性職員の一人が殺されたのだ!事態を重く見たホモ・サップ連合外交団は、敏腕捜査官アンドレア・コートを派遣したが…奇怪な世界を舞台に美貌の女探偵の活躍を描く傑作ハードSFミステリ。フィリップ・K・ディック賞受賞。

人類が地球に誕生する以前から宇宙に存在する独立ソフトウェア知性集合体【AIソース】。宇宙に進出した人類はこの【AIソース】の招きにより、彼らによって深宇宙に建造されたシリンダー型超巨大構造物“111”に外交団を送ることとなる。シリンダー世界111、それは直径千キロ、長さ十万キロにおよぶ宇宙コロニーであり、中心にアッパーグロウスと呼ばれる蔦植物の密集する居住区間があるが、周辺に行くほど毒性の強い大気が広がり、シリンダー内壁部には有機物でできたヘドロの海がどこまでも続いていた。シリンダー世界111には【AIソース】が作った生態系が存在し、中心のアッパーグロウスにも知性を持ち言葉を話すナマケモノに似た生き物、「ウデワタリ」が生息していた。そしてある日、111に駐在する人類外交団内において2つの殺人事件が発生する。事態を重く見た人類連合は、ここに女性敏腕捜査官アンドレア・コートを派遣する。
SF小説『シリンダー世界111』は、ラリイ・ニーブンの古典的名作『リングワールド』を髣髴とさせる、超巨大宇宙建造物が舞台だ。他にもシリンダー型コロニーというとアーサー・C・クラークの『宇宙のランデブー』に登場する「ラーマ」が思い出されるし、グレッグ・ベアの『永劫』でもシリンダー型小惑星なんていうのが描かれたりする。シリンダー型ではないがスティーヴン・バクスターの『タイム・シップ』では太陽をそっくり球で覆ってその内壁に住むというダイソン環天体が登場していた。超巨大宇宙建造物を舞台にしたSFというのは、その眩暈がするほどの途方も無いスケール感を持った人工物、といったハッタリ具合がまずワクワクさせられる。こんなものを建造するのにいったいどれぐらいの時間と労力と資源と科学力が必要なんだ?と想像するだけで既に頭がオーバーヒートを起こしてしまい、呆然となってしまうのだ。この膨大すぎて思考停止に追いやられるようなブッチギリ感は、SFというジャンル独特の楽しみだということができる。
しかしここで登場するシリンダー世界111は、何故、何の為に、どうしてこのような環境の世界が作られたのか、理由が殆ど分からないことになっている。理由はあるのだろうが、作ったのが【AIソース】という人外のものであるがゆえに、人間には理解不能なのだ。人類の研究使節団は、このシリンダーの人類が生存可能な軸部に存在する蔦植物世界に研究基地を置くが、これが「ハンモックタウン」というテント状のハンモックを幾つも繋いだ施設で、シリンダー軸からぶらさがった形で存在しているのだ。だからこの施設に住む派遣団はいつも落下の危険と隣りあわせで生活していて、これが物語全体に常に緊張感を生み、サスペンスのキモとなっているんだけど、なんでこんな不安定なものの中で生活しなけりゃならないのかちょっとよく分かんなかったな。物語はこのハンモックタウンを中心に展開していて、超巨大建造物っていうのはあくまで背景でしかなかったりするのね。
で、ここで起こった殺人事件を解明するのが大筋になるわけなんだが、このミステリを面白くしているのは【AIソース】という加害者候補NO.1がまず人智を超えた存在であるということ、「年季奉公人」制度というこの物語での人類の社会制度が全ての登場人物を縛っていること、この物語の登場人物が誰も彼もルサンチマンを抱えまくった一癖も二癖もある人物ばかりだということ、そしてなにより、主人公の女捜査官が癖のある登場人物たち全てを合わせた以上に性格が悪くてひねくれものでへそ曲がり、っていう性格設定が実に楽しかったりする。もうなにしろこの女捜査官が一筋縄ではいかないヤツで、誰からも好かれるつもりがなく、周囲に軋轢を生んでもお構いなし、いつもイラつき毒舌を吐いている、というとんでもない女なんだが、この歪な人物像が、彼女を逆に物凄く人間的で魅力に溢れるキャラクターにみせているのだ。
そしてこの女捜査官と【AIソース】の虚虚実実の駆け引き、後半の落下の恐怖に満ちたアクション・シーン、性格の悪い女捜査官が次第に心を開く仲間たちとのドラマが語られてゆき、異様な世界で起こった殺人事件の謎が明かされてゆくんだね。途方も無い設定の世界そのものよりも、キャラクターの魅力とシニカルな会話で読ませる物語になっていたな。