効率主義の果て〜映画『マイレージ、マイライフ』

マイレージ、マイライフ (監督:ジェイソン・ライトマン 2009年アメリカ映画)


主人公ライアン・ビンガム(ジョージ・クルーニー)の仕事は「リストラ宣告者」だ。彼は全米を飛行機で飛び回りあちこちの街でリストラを告げて回る。その出張日数は年間300日を超え、人生の殆どが移動に費やされている彼のモットーは、持ち物も人生も身軽であること。

主人公ライアンは効率的な生活様式を重んじる。バックパックの詰め方も、空港ロビーの並び方も、世に溢れるありがちなライフハック話を読まされているように「ちょっと便利な豆知識」に溢れている。無駄を省き時間を短縮し有意義に仕事をこなすこと。効率は善だ。効率は豊かさを生み資本を生む。そもそも"リストラ"自体企業にとっての効率化ではないか。そんな彼の密かな楽しみは1000万マイルのマイレージを貯めることだ。しかし1000万マイルのマイレージを彼は誇りと思っていたのか。オレには自分のマイレージを語る彼の目にどこか虚無的な光を見たのだが。

そんなライアンに暗雲が垂れこめる。直接面談によるリストラ宣告を廃し、オンラインシステムを導入しようという動きが起こったからだ。効率この上ないこのシステムに効率主義者のライアンが「僕の仕事は効率だけじゃないんだ」と反対するのが実に皮肉だ。しかし効率に奉仕し効率の神に誓いを立てたライアンがそれに反対すること自体がライアンの中の矛盾を突いている。効率だけじゃないもの、効率から零れ落ちるもの、それは《人間的要素》だ。人生に身軽でありたいライアンは、《人間的要素》を否定していたのではない。彼はそれから逃げ回っていただけなのだ。

効率だけではどうしよもない《人間的要素》としてこの映画で描かれるのは、出張先のある街で出会った女性との恋であり、交流を避けていた家族との再会だ。後腐れない軽やかな付き合いのはずだった恋に、ライアンは最後に傷つくことになり、家族との関係は、効率的なはずの彼の生活にドタバタとした波乱を起こす。「バックパックに入らないものは持ち歩かない」彼のバックパックから、家族に託された大きな写真がはみ出してしまったまま持ち運ばれているシーンは大きな象徴となっているだろう。

しかし、ライアンにいつもとは違う非効率的なルートを通らせることとなったこれら《人間的要素》は、結果的にライアンを変えたのだろうか。ラストはいつもと変わらずマイレージを稼ぐライアンの姿があるばかりだ。これが例えば田舎に引っ込んで効率は悪いが人間的な生活を送る、などというラストになっても教訓主義的で鼻白むだけだろう。この映画は効率主義が徹底されてしまった生活と社会を描きながらも、それを否定も肯定もせず、なにかイイ話で終わってしまっている。その批評の無さがどうも食い足りないのだ。効率主義の果てにある《人間的要素》の喪失、虚無、痛み、オレはそういったものをこの映画で観たかった。

マイレージ、マイライフ 予告編


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