沼の底から這いいづるものは…〜コミック『スワンプシング』

スワンプシング / アラン・ムーア、スティーブン・ビセット、ジョン・タトルベン、石川裕人

スワンプシング (ShoPro Books)

スワンプシング (ShoPro Books)

“今夜のワシントンの天気は雨だ…”首都ワシントンのとある高層ビルに一人の男が招かれた。男の名前はジェイソン・ウッドルー、通称フロロニックマン。彼は、謎の老人の依頼を受け、冷凍保存された“植物怪人スワンプシング誕生の謎を探りはじめる。科学者アレック・ホランドは、なぜ植物怪人へと姿を変えたのか?やがてウッドルーが突き止めた衝撃の真実とは…。時系列の倒置、暗喩、モノローグを駆使したエキセントリックなストーリー展開と常識を打ち破る大胆なキャラクター造形でコミックシーンに衝撃をもたらし、アラン・ムーアが鮮烈なアメリカデビューを飾った記念碑的作品。アラン・ムーア本人による序文も特別収録。

沼の底からジュルジュルと現れる怪人・スワンプシングを主人公としたアメコミである。原題は『The Saga Of The Swanp Thing』。『スワンプシング』は1972年からDCコミックで刊行されていたシリーズだが、ここでは1984年からあのアラン・ムーアを原作として登用したストーリーが収められており、例によって格調高いアラン・ムーア節が炸裂している。そしてアラン・ムーアのアメリカにおけるデビューがこの『スワンプシング』となるのらしい。しかしアラン・ムーア物のアメコミをここ最近よく読むのだけれども、重厚かつ文学的な物語展開は認めるとしても、どうしても文章量の多い、いわゆる"グラフィック・ノベル"な構成になっているところに、どこかグラフィックそのもののダイナミズムを削いでいる部分があるような気がしてならない。まあ結局アラン・ムーア物はアラン・ムーア物という一ジャンルとして読むべきなのだろう。
とまあ重箱の隅のような苦言を呈しつつ、この『スワンプシング』、やはり実にエキセントリックな世界観を兼ね備えた作品に仕上がっている(グダグダ言ってサーセン!)。なにより"自意識を持つ植物の怪物"が主人公である、という設定自体がかっ飛んでいるが、その"怪物"が、自らの生誕の秘密に思い悩み、アイデンティティの喪失に苦しむ、といった物語が面白い。そかしそれでも彼は、愛する人々の為に戦う。これ、日本で言うと『妖怪人間ベム』ってところだろうか。さらにグチャグチャドロドロとした植物意識世界、ウネウネザワザワと蠢き人を襲う不気味な植物の群れの様子は、これは日本だと花輪和一あたりが得意とする描写ではないか。日本でもこれらのアニメ/コミックは異端的なものなのだから、このような作品世界をアメコミで流通させたところがなによりユニークだろう。
収録されている物語は二編。一編目は植物を意のままに操り人類を滅ぼそうと企む植物怪人フロロニックマンとスワンプシングの戦い。スワンプシングが己の真の正体に気付く冒頭から衝撃的だが、敵であるフロロニックマンが植物を使い町一つ崩壊させる章もまた非常にホラーテイストが濃厚で楽しめる。二編目は人間の"恐怖"を食って生きる異世界の猿と狡知に長けた魔界の使者エトリガン、そしてスワンプシングの三つ巴の戦いを描く。ここでも「意識世界」の幻想的な描写が秀逸で、オレなどはあのアメコミの名作『サンドマン』を思い出した。ただ、1984年作ということでちょっと絵柄が古臭いという部分があり、今風のアメコミ的なグラフィックを期待すると少々肩透かしを食うかも。

スワンプシング』はこちらでの紹介が非常に詳しいので参考にされるとよいだろう。
小覇王の徒然はてな別館/スワンプシング 沼の怪物の伝説