映画『シャーロック・ホームズ』はスチーム・パンクなアクション映画だった!

シャーロック・ホームズ (監督:ガイ・リッチー 2009年イギリス・アメリカ・オーストラリア映画


小学生の頃同級生の間でホームズ小説を読むのが流行ったのだが(もちろん子供向け翻訳で)オレはこれがどうも苦手だった。手にとってはみたもののどこが面白いのかさっぱり分からず、いつも最初の数ページで投げ出していた。江戸川乱歩の子供向けミステリも面白くなかったし、その後物心ついてから海外や日本の有名どころの本格推理だのミステリだのを読んでみようとしても、やっぱり読み進めるのが苦痛で全て投げ出しており、今でもオレはこのジャンルが苦手だ。まあ結局趣味の問題とでもいうか、推理とかトリックとかいうのに全然興味が持てなかったからなのだろう。その代わりという訳ではないがSF小説はよく読んでいた。要するに宇宙だの未知の世界だのを舞台にした大風呂敷で奇想天外な大法螺が好きなのだ。たぶんオレは徹底的に現実逃避型の人間なんだろう。あ、あとハードボイルドやスパイ小説は面白く読んでいたけどな。まあなにしろ、オレはシャーロック・ホームズ小説というのをまともに読んだことが無い人間なのだ。

というわけで映画『シャーロック・ホームズ』である。実のところガイ・リッチーにはまるで興味がなくて監督作品は全然観たことがないし、ロバート・ダウニー・Jr.も『アイアンマン』で『トロピック・サンダー』だよね?ぐらいの認識だし、ジュード・ロウについてはいい男なんじゃないの?程度の感想しか持ったことがない。なんだこれじゃあ興味の無い物づくしの映画じゃないか!?ということにしかないらないのだが、なぜかこれが結構面白く観れてしまった。物語はとりたてて説明するほどのものではなくて、ブラックウッドなる怪人の陰謀をホームズとワトスンが叩き潰す!という実に単純明快なものなんだが、コナン・ドイルの”シャーロック・ホームズ”イメージとは全く真逆の肉弾攻撃ありまくりで爆薬がドッカンドッカン爆発しまくりのアクション娯楽映画となっている。そして敵役はなにやら怪しいオカルトに染まり、影では秘密結社の陰謀が渦巻いているではないか。肉弾!爆薬!オカルト!陰謀!なんだい、これってオレの好物並べてあんじゃないかい!?

もちろんホームズ作品ぽくホームズが頭を大回転させて推理推論するさまもきちんと描かれる。危機に際して「これがこれでこうだからこうするとこうなってこれがこうくるのでこうしたらこうすればこれがこうなるだろ!ヤタ!俺の勝ち!」と一瞬のうちに判断したホームズが全くそのイメージ通りの動きを展開しそして判断通り完璧に優位な結果を見せるなんていうシーンは胸が透く。だいたいホームズには殴り合い好きのムキムキ野郎というイメージはなかったが、相方さんによると原作のホームズも実は結構な暴れ者で、その辺のイメージは割と間違っていないのらしい。相棒のワトソンも原作は知らないけど元軍人という設定で、あのジュード・ロウがいつも不機嫌そうにムッツリと構えながら、あーまたかよという顔で嫌そうにホームズに付き従う様は逆に微笑ましく見える。レイチェル・マクアダムス扮するヒロイン・アイリーンは敵か味方か!?という悪女で、ありがちかもしれないがこういう設定は好きだ。なんかルパン3世に出てくるフージコチャーンみたいではないですか。

そんな配役やナンボぶん殴られてもびくともせずしつこくしつこく追ってくるという定番の悪役なんかもよかったが、やっぱりこの映画の主役はCGで微細に作りこまれた19世紀末のロンドンの情景なのではないかと思う。ここで見ることの出来るロンドンの空はいつも蒼褪めた陰鬱な色を湛え、家々の壁は煤け路石は底冷えしそうに冷たく見える。建設途中のロンドン橋*1を舞台にしたクライマックスも心憎い。そしてなによりも、以前読んだアラン・ムーアの傑作コミック『フロム・ヘル』の中の情景が、ここかしこに被さるように思えて仕方なかったのだ。そういえばあの作品もオカルティズムを題材にしフリーメイソンが暗躍し、世紀末ロンドンの闇を色濃く描く作品だったではないか。キーアイテムとなるある"発明"にしてもどこかスチーム・パンクな味わいがあり、やはり19世紀ロンドンを舞台にしたギブソンスターリングのスチーム・パンクSF『ディファレンス・エンジン』を思い起こさせた。そう、原作を換骨奪胎して製作されたこの映画は、シャーロック・ホームズのスチーム・パンクSF解釈だったのではないだろうか?

*1:調べてみるとロンドン橋は何度か掛け直されているが、近代ロンドン橋の完成は1831年であり、原作のホームズの時代と微妙に時代が異なっているように思える。が、まあこれもフィクションのための方便だと思えばいいのだろうが。