キングの新作長編『悪霊の島』は偉大なるマンネリズム、と言っちゃっていいのだと思う

■悪霊の島 / スティーヴン・キング


スティーヴン・キングの新作長編である。例によって上下刊合わせて1000ページのごっついボリューム、通勤時に読もうと鞄に入れて持ち歩いていたが重いわかさばるわで読み終わったときはやっとこれを持ち歩かなくて良くなるのかと内容とは別の意味で感慨深かった。まあしかしキング小説の分厚さはファンにとっては社会の常識みたいなものでファンはキングにいつも分厚くてありがとうございますと涙ながらに感謝しなければいけないのだ。
さて今回のキング作品、タイトルは『悪霊の島』、フロリダの小さな島にある保養地に滞在し始めた主人公が得体の知れない《力》と、死の権化たる悪霊とに対峙するという話である。主人公は事故により右手を失った壮年の元会社経営者エドガー、事故が原因のいさかいで離婚した妻と成長した二人の娘がいる。彼はリハビリを兼ねてフロリダの小さな島デュマ・キーに一人住む事になるが、そこで憑り付かれたように絵を描き始める。それはデュマ・キーの落陽、そして怪しげな船と少女の絵。自らの意思とは関係なくカンバスに描かれてゆくこれらの情景はいったいなんなのか。何を語りかけようとしているのか。折りしもエドガーはデュマ・キーに伝わるある一家の悲劇を知ることとなるのだが…というお話。
以前もこの日記で書いたことがあるけどキングのホラーというのは「自分や家族があんな目やこんな目に遭ったらどうしよう…」という家族単位の狭い人間関係の中での妄想を元にして書かれているものが多いんだよね。例えば『シャイニング』なんかだと「作家の僕が仕事し過ぎて頭がおかしくなって家族襲うようになっちゃったらどうしよう…」という妄想だし、前作『リーシーの物語』は「僕が死んじゃったら残された妻はどうやって生きていくんだろう…」という妄想が元になっている。自分が一番怖いこと=自分と家族がとんでもない目に遭うこと、というのは書くほうも書きやすいだろうし読むほうも感情移入しやすい。こんな風に大概のキング作品は主人公=キング自身だ。
そして今回のキングの「僕の怖いこと」は「自分がとんでもない事故に遭って不具になったらどうしよう」であり「女房と離婚する羽目になったらどうしよう」であり「自分の子供に身の危険が迫ったらどうしよう」というもので、この妄想が核になって物語が綴られている。実際にキングは1999年ひどい交通事故に遭って入院したことがあるし(この時ワープロを使わずに万年筆で書かれたのがあの『ドリーム・キャッチャー』)、主人公が壮年で金持ち、というところから今や印税ガッポガッポの年老いたキング自身を連想するのは容易い。
ただやはりキングも歳のせいなのか物語がどうにもまったり進行だし恐怖や不安の質もちょっと薄くなっているような気がしたのは確かだな。冒頭からそれらしいほのめかしや思わせぶりはあれこれあるにせよ、読み進めていてもなかなか怪異らしいことが起こらず、殆どは主人公を取巻く人間ドラマが展開していて、事故からの奇跡的な回復とか絵画に目覚めて一躍注目を集める主人公とか離れ離れになっていた家族との再会とかイイ話が書かれていて退屈こそしないんだけれど「キングさんオレホラー読みたくてこの本買ったんだからそろそろでっかい花火揚げて下さいよ」という気分になってくるんだよなあ。
で、ようやっと「俺っす俺が悪霊でーっス!これからガンガン怖いことしちゃうYO!」みたいな話になってくるのが下巻3分の1読んだくらいか。遅いよ遅すぎるよ悪霊君。オレはすっかり焦れちゃったよ。『悪霊の島』っつー邦題付けられている位だから島にはなんか怪しげなものがいるというのはとっくにバレてるんだよ。もったいぶりもたいがいにしなされ。
この悪霊というのがキングの『デスペレーション』みたいな太古のあれがこれでなんちゃらいう類のヤツなんだが、あの長編ほどエグくて悪趣味じゃないんだよな。だいたい今作はこれまでのキング小説のパッチワークみたいになっていて、事故後に変な能力付いちゃうってのは『デッド・ゾーン』みたいだし、絵が物語に大きな意味を持つというのは『ローズ・マダー』みたいだし、最後は仲間同士で暗がりへとバケモノ征伐という展開は『IT』みたいだし、でも怖さの質はというとやっぱり薄口でこれらの作品ほどじゃないんだよな。ただ、こういった具合にマンネリっちゃあマンネリなんだが、相手はキングだししゃあねえか、と言いつつ読んでしまうのがファンの弱みってやつか。次作『Under The Dome』も翻訳出たらきっと読むよ。原著でも1088ページって話だけどね…ハハハ…。

悪霊の島 上

悪霊の島 上

悪霊の島 下

悪霊の島 下

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