天食 / 泉昌之

天食

天食

かつて「夜行」(短篇集『かっこいいスキヤキ』収録)という漫画があった。夜行列車に乗っている中折れ帽にトレンチコートでキメまくったおっさんが、駅弁をどう美味く食うことができるか、そのおかずと飯に手を付ける配分と順序と段取りを、みみっちいほどに意地汚くこだわりまくって描く、馬鹿馬鹿しくもまたくだらない傑作漫画であった。
この「天食」はその「夜行」発表から20周年を記念し、再びトレンチコートのおっさんを復活させて、またも恥ずかしげも無くみみっちい食へのこだわりを開陳したトホホな漫画である。ぶらりと入った旅先の食堂で見せるおっさんの、食いもんへの大いなる期待と甘やかなる夢。そしてそれを無慈悲にも打ち砕く過酷な現実への落胆と絶望。またもや果てし無く下らない"食いもんオデッセイ"がここに展開されるのだ。
次にジャンクフードをこよなく愛する何故か侍の格好をしたおっさん"63(むっつり)衛門"が活躍する連作短篇「食い改め候」。冷やし中華やカップ焼きソバや立ち食いそばなどジャンクな食い物を逆上しながら食いまくるという、情けない食い意地だけで構成された漫画である。だいたいキメのセリフがいちいち良い。
「オレはさすらうタダ食いの荒野を!」
「いざそんな純情エロ豆腐で 呑(や)る!」
猫まんまが好きだ!大好きだ!」
(カレーの玉葱を炒めながら)「アメ色になるまで!アメ色にすれば勝つ!!」
「立ち喰いそば屋が一軒も…ぬ(ない)!そんな街あるのか!?」
「巨大な空腹がおいでなすったァ!」
「首都圏を焼け野原にする勢いで牛丼食いてー」
「食いたいときに食いたいもんを食いたいだけ食う!これ以上の幸福があるか!?ぬ(ない)!!」
「ゲゲッ フタが!!麺の一部が三角コーナーに!!」
「久しぶりに口の中に御柱が立ったぞ!」
あああ、うぜーおっさんだ!ホンットオレそっくり。
そして連作短篇「ブギ・ウギ・オヤジ」は下品でデリカシーが無くてしつこくて五月蝿い部長が主人公。これがまたオレそっくりで泣けてくる。短篇「逆流」と「便急便」は共にウンコネタである。
かっこいいスキヤキ (扶桑社文庫)

かっこいいスキヤキ (扶桑社文庫)