バビロン・ベイビーズ / モーリス・G・ダンテック

バビロン・ベイビーズ

バビロン・ベイビーズ

《新しい人類》の誕生は福音か、災いか?狂気のSF作家が傍受する未来からの伝言!
ミサイル・マニアのシベリア・マフィアに、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の腐敗将校。孫子の崇拝者に、革命的な生物兵器を運ぶ記憶喪失・分裂症の女。携帯ミサイルを駆使し仁義なき戦いに身を投じる暴走族と、来るべき黙示録を預言するサイバーパンクたち。科学者たちはバイオ技術を暴走させ、カルト教団はポスト・ミレニアリズムの名のもとに不老不死を説く。中国崩壊後の近未来を舞台に混沌の限りを描き、そこから生成される《新しい人類》の希望と絶望を問いただす、SFノワール小説。

いやあ、冒頭は物凄く快調な出だしでワクワクさせられたんですけどね。2014年、中国は分離独立戦争で混乱の渦中にあり、主人公である庸兵トオロプが戦乱の飛び火した中央アジアを彷徨うシーンから始まるんです。ここでトオロプが回想する、これまで掻い潜って来た幾多の紛争地での血腥い戦いの記憶が読んでて興奮させられるんですわ。「これはミリタリーSFの傑作となるか!?」とまで期待させたんですけど。
トオロプはその後ロシアの腐敗将校・ロマネンコ大佐からの依頼で、ある女をカザフスタンからカナダまで運ぶ仕事を高額で請け負うんですが、この女マリ・ゾーンは裏でロシアン・マフィアと、とあるカルト教団が係わっている、きな臭い事情を抱えた女だったんですね。で、トオロプをリーダーとして編成された移送チームが組まれるんですが、この移送作戦はあっけないほどすぐ済んで、舞台はあっという間にトオロプらが隠れ住むカナダの街に移っちゃう。しかしロマネンコ大佐の指示はここで3、4ヶ月駐留してくれというもの。
この3、4ヶ月の駐留と言うのには実は訳があるんですが、それにしてもこの間、殆ど何も起こらない。なんか裏でよく分かんない陰謀めいた動きがあったり、よく分かんない自意識を持つ人工知能が現れたり、マリ・ゾーンが幻覚にとらわれてよく分かんないビジョンを見たりとかやってるんですが、結局全部思わせ振りなだけで、物語自体はちっとも進行しない。百戦錬磨の傭兵が主人公なのに、全然ドンパチが起こる気配が無いもんだから段々退屈してくるんです。しかも誰が敵なのか、どこと対立しているのか、というのが描かれないから物語が全然盛り上がらない。
そして焦点はマリ・ゾーンが体内に隠して運び込まれた"何か"へと移るんですが、最初ウィルス兵器じゃないのか?非合法に製作された生物じゃないのか?などとあれこれ憶測が乱れ飛ぶんだけれど、どっちにしてもこれがこういった方法で運搬され隠匿されるべきものなのか、どうにも説得力に欠ける。もっと他に効果的で安全な移送方法あったんじゃない?と思っちゃう。さらに、この謎の女マリ・ゾーンがキャラクターとして人間的興味を抱かせるような魅力がまるで無く、主人公トオロプとなにがしか絡みがあるのかと思ったらそれも無く、読んでいて「こんな女どうでもいいじゃん」と思えてきてしまう。一応物語の鍵となるヒロインなのにこれじゃあ致命的なんじゃない?
さて中盤あたりでやっと戦闘開始となり、爆炎と銃弾と死体の大盤振る舞いでうひょひょ〜!と盛り上がるんですが、それもあっという間に終わって怪我した主人公はこそこそ逃げ回るわけなんですな。チェッ、なんだこいつ弱いじゃん。そしてマリ・ゾーンが体内に入れていたものの正体がやっと判明するんですが、これが新人類がどうとかこうとかいう新鮮味のまるでない、判ったからって驚くべき要素も何にもないもので、「どうだ壮大だろ!」と作者は握りこぶしを上げてるようなんだけど、読んでるほうは白けるばかり。600ページもある小説だったけどなんだか期待外れだったなあ。