ひたひたと忍び寄る不安、そして悲劇と救済の物語〜映画『永遠のこどもたち』

永遠のこどもたち (監督:ファン・アントニオ・バヨナ 2007年スペイン映画)


海辺に立つ孤児院で育ったラウラ(ベレン・ルエダ)は、成長してから夫と息子を連れ、再びこの建物を訪れた。それは自らが院長となり障害のある子どもたちの施設として再建するためだった。そのラウラの息子シモン(ロジェール・プリンセプ)は強い空想癖があり、いつも"見えない友達"と遊ぶ子供だった。しかしシモンの空想は次第に強くなり、ある日ラウラは「友達の部屋を見に行こうよ」とねだる息子を強く叱りつけてしまう。それがシモンが失踪するきっかけになるとも知らずに。そしてラウラは、息子が失踪したその日、不気味な子供の影を見ることになる。後にラウラは、それがこの施設で過去に起きた、忌まわしい事件の犠牲者であったことを知る…。

あのギレルモ・デル・トロが製作総指揮を務めたサスペンス・ミステリーである。監督のJ・A・バヨーナはこれが初監督作品らしい。古ぼけた建物に伝わるおぞましい過去、そして何かを訴えかける亡霊たちの声、といった一種のゴースト・ストーリーはこれまで数々と作られてきたが、「ああまたそのパターンね」と思って舐めてかかると最後に大きなしっぺ返しを食らうことになる。しかしこの映画はラストで大きく化ける映画だ。確かに自分で粗筋を書いていても、なんだかありがちで平凡だなあとさえ思えたぐらいで、ネタバレを避けて詳細を書くことが出来ないと、この映画の本当の魅力がうまく説明できないことが辛い。それだけ最後の、全ての伏線が回収され驚くべき真実が解き明かされるシーンには呆然とした。あえて言うならデル・トロの『パンズ・ラビリンス』クライマックス級の悲劇がここでは展開される。

サスペンスの盛り上げ方は光や影、そして多くは物音で表現されるという、ハリウッド的な派手さの無い実にオーソドクスなものだが、このシンプルさがかえって新鮮だった。むやみに驚かせたり不快にさせたりせず、部屋の軋みやどこからともなく聞こえてくる物音、誰とも知れぬ話し声で徐々に不安を盛り上げていく手法は地味ではあるが怪談噺の定番的な盛り上げ方で、この奇のてらわなさ加減が逆に物語テーマに誠実であったように思える。ただし一か所だけある種のグチャグチャしたものが映るシーンがあったけど、これって絶対デル・トロの趣味だろ、などと思えてそこだけなんだか笑ってしまった。

そしてこの『永遠のこどもたち』はジャンル分けの難しい映画でもある。ホラー要素は存分にあるのだけれども、ホラーと言い切れる映画では決して無い。霊媒師を呼んだりとオカルト要素もあるが、最後まで見るとゴースト・ストーリーとも言えない部分もある。ダーク・ファンタジーという言い方も出来るが、しかし基本テーマは母子のスピリチュアルな情愛なのだ。しっとりとした映像も素晴らしい。冒頭でさりげなく語られたピーターパンの物語がラストで大きな意味を持ち、『永遠のこどもたち』という邦題そのままの哀切に満ちた救済が、物語を悲劇だけで終わらせずに、しめやかで余韻のある幕引きをさせることとなる。

■『永遠のこどもたち』予告編


■『永遠のこどもたち』ポスター集