我が教え子、ヒトラー (監督:ダニー・レヴィ 2007年ドイツ映画)


演劇教授(演)「さて私が今日から君に演技指導する元演劇教授だが」
ヒトラー(ヒ)「よろしくおねがいしゃっス」
演「まずは発声練習と行こう。あ!え!い!う!え!お!あ!お!」
ヒ「アッー!エッー!イッー!ウッー!」
演「…ちょっと待ちたまえヒトラー君。なんか声が悩ましいんだが」
ヒ「気にしないで下さい教授」
演「…まいっか…。次は今の発声練習を元に何か文章を読み上げてみたまえ」
ヒ「はい教授。ええと…“諸君私は戦争が大好きだ殲滅戦が好きだ電撃戦が好きだ打撃戦が好きだ!”」
演「…なんかどこかで聞いた事があるような気がする文章だな…」
ヒ「気にしないで下さい教授。そういえばヘルシング完結したみたいですね」
演「…知らん!ってか今1944年だし。次はイメージ力を強化する為誰かのモノマネをしてみてくれたまえ」
ヒ「はい。…“何年やってるの?”」
演「…ナニ今の?」
ヒ「え?ウクレレえいじが楽屋の牧伸二師匠をモノマネしたやつのモノマネですが?」
演「んなもんわかんねーっつーんだよッ!」
ヒ「あとノーパンチ松尾モー娘。卒業コンサートシリーズのモノマネとかも出来ますが」
演「細かすぎて伝わんないんだよッ!」
ヒ「気にしないで下さい教授」
演「気にするに決まってんじゃねーかッ!」
ヒ「ううん、ちょっと思考がネガティブなようですね教授」
演「だったらなんだってんだよッ!」
ヒ「やはり人はポジティブに生きてこそナンボ。かつてのボクも絶滅収容所って実は非道なことなんじゃないかと真剣に悩んだことがありました」
演「ふん?」
ヒ「しかしね!この社会で生き残るにはやっぱりポジティブじゃなきゃ!それでボクは思考転換し、もっと前向きに生きようとしたんですよ!」
演「それで?」
ヒ「でね!生まれ変わったボクはもっと前向きに大量虐殺しまくったというわけなんです!やっぱ人間ポジティブだよね!」
演「お前そもそもの立脚点が間違ってるんだって!」
ヒ「我が第三帝国に栄光あれ!」
演「ギャフンッ!」

……
映画『我が教え子、ヒトラー』は敗戦間近のドイツで、ヒトラーの演説の講師を要請された一人のユダヤ人演劇教授の物語である。日本公開時の宣伝の仕方から、第二時世界大戦を背景とした感動のヒューマンドラマのように受け取れてしまうが、実はこの映画、皮肉と嘲笑の入り混じったブラックなコメディとして仕上がっているのだ。いわば『ヒトラー最後の12日間』よりも『チャップリンの独裁者』のほうにスタンスが近い映画だと思ったほうがいいだろう。つまりこれ、文芸映画ではなくアホアホ映画寄りの作品なのである。そのせいか劇場では肩透かしを食らっていたような人と「自分はこのジョーク分かるよ!」とばかり無理矢理可笑しそうに笑っている人に分かれていたように思う。

映画はヒトラーナチス・ドイツへの徹底的な悪意に満ちている。ヒトラーはジャージを着て犬のマネをさせられるし、ハーケンクロイツと鷲の意匠がデカデカと飾られたヒトラーの寝室はショッカーの基地みたいだし、白いマントを羽織って凱旋するヒトラー仮面ノリダーファンファン大佐にしか見えない滑稽さだ。このヒトラーをはじめナチス軍人を演じる俳優達は誰もが下品で蒙昧でドン臭い田舎者ヅラをしているし、着ている軍服はダサくて不恰好で毒々しい色をしており、「ハイルヒトラー!」と執拗に連呼する様はドイツ軍の官僚主義を漫画チックに皮肉る。挙句の果てにヒトラーエヴァ・ブラウンとの性行為で短小扱いまでされる有様だ。

最も爆笑したのは不眠に悩むヒトラーが徘徊して辿り着いたある場所であったり、クライマックスの場面では、歴史を覆すような空前絶後の事実が描かれていたりする。これは観てのお楽しみ、としか言いようが無いが、やはり先に述べたような文芸映画に思えてしまう敷居の高さから、この映画を敬遠してしまう人がいると残念なので、決して軽い映画ではないにしろ、ブラック・ジョークで描かれるヒトラーナチス・ドイツなんていうキーワードにピピっと来る方は観ておいて損の無い映画だと言っておこう。

ちなみに冒頭の漫才のオチはカート・ヴォネガットのパクリである。

■我が教え子、ヒトラー 予告編