オレ的作家別ベスト5・第3回 ベスト・オブ・フィリップ・K・ディック!


作家別ベスト3回目、最後の今日はSF界の鬼才、フィリップ・K・ディックをお送りします。
例によって以下にWikipediaから抜粋した全著作リストを挙げてみます。この中で””が付いているのが未読のもの、他は取り合えず全て読んでいます。いやあこうして眺めてみるとホント読んでますね。ディックに関してはコンプリートに近いんでは無いでしょうか。短編集は後半未読が多いですが、これは前半のと重複していそうだったから敬遠したんですよね。
ただまあ読んだことは読んだんですが、ディックのサンリオあたりから出ていた作品は凡作も多く、あんまり印象に残っていなくて、筋さえ忘れているのもあるんだよなあ…しかも読んだの20年前とかいうのが殆どだしさあ…。


SF小説(長編)】
偶然世界(太陽クイズ) Solar Lottery (Quizmaster Take All) (1955年)
ジョーンズの世界 The World Jones Made (Womb for Another) (1956年)
いたずらの問題 The Man who Japed (1956年)
虚空の眼(宇宙の眼) Eye in the Sky (1957年)
宇宙の操り人形 The Cosmic Puppets (1957年)
時は乱れて Time out of Joint (Biography in Time) (1959年)
高い城の男 The Man in the High Castle (1962年)
タイタンのゲーム・プレーヤー The Game-Players of Titan (1963年)
アルファ系衛星の氏族たち Clans of the Alphane Moon (1964年)
火星のタイム・スリップ Martian Time-Slip (1964年)
最後から二番目の真実 The Penultimate Truth (1964年)
シミュラクラ The Simulacra (1964年)
ドクター・ブラッドマネー(ブラッドマネー博士) Dr. Bloodmoney (1965年)
パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 The Three Stigmata of Palmer Eldritch (1965年)
去年を待ちながら Now Wait for Last Year (1966年)
ライズ民間警察機構(テレポートされざる者) Lies,INC. (The Unteleported Man) (1966年)
逆まわりの世界 Counter-Clock World (1967年)
ザップ・ガン The Zap Gun (1967年)
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? Do Androids Dream of Electric Sheep? (1968年)
銀河の壺直し Galactic Pot-Healer (1969年)
ユービック Ubik (1969年)
死の迷路(死の迷宮) A Maze of Death (1970年)
フロリクス8から来た友人 Our Friend from Frolix 8 (1970年)
あなたをつくります(あなたを合成します) We Can Build You (1972年)
流れよ我が涙、と警官は言った Flow my Tears, the Policeman Said (1974年)
怒りの神 Deus Irae (1976年)(ロジャー・ゼラズニイとの共作)
スキャナー・ダークリー (暗闇のスキャナー) A Scanner Darkly (1977年)
ヴァリス VALIS (1981年)
聖なる侵入 The Devine Invasion (1981年)
ユービック:スクリーンプレイ Ubik:The Screenplay(1985年)
アルベマス Radio Free Albemuth (1985年)
ニックとグリマング Nick and the Glimmung (1988年)※児童向け


SF小説(短編集)】
原題 のないものは日本で編纂されたもの。
地図にない町(1976年)
人間狩り(1982年・1991年・2006年)
パーキーパットの日々(ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック I)The Best of Phillip K. Dick 二分冊の一巻(1977年)
時間飛行士へのささやかな贈り物(サ・ベスト・オブ・P・K・ディック II)The Best of Phillip K. Dick 二分冊の二巻(1977年)
顔のない博物館(1983年)
宇宙の操り人形(1984年・1992年)
ウォー・ゲーム(1985年・1992年)
ゴールデン・マン(ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック III)The Golden Man 二分冊の一巻(1980年)
まだ人間じゃない(ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック IV)The Golden Man 二分冊の二巻(1980年)
悪夢機械(1987年)
模造記憶(1989年)
ウォー・ベテラン(1992年)
永久戦争(1993年)
マイノリティ・レポート(1999年)
シビュラの目(2000年)
ペイチェック(2004年)


【 一般小説】
戦争が終わり、世界の終わりが始まった Confessions of a Crap Artist (1975年)
ティモシー・アーチャーの転生 The Transmigration of Timothy Archer (1982年)
小さな場所で大騒ぎ Puttering about in a Small Land (1985年)
メアリと巨人 Mary and the Giant (1987年)

そんな中からベスト5を決めてみましたが、今回は作品があまりにも多いので《次点》を二つ設けました。

《1位》火星のタイム・スリップ

火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)

火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)

生きることとは、ひたすら惨めな苦行に過ぎない。安らがせてくれるものがあるのだとすれば、決して実現しない夢を見ることだけ。現実ではないことに逃げ込むことだけ。そしてそれは、もう一つの絶望なんだろう。世界は、狂ってゆく。僕も、狂ってゆく。世界は、壊れてゆく。僕も、壊れてゆく。この火星の大地の上で。SF世界を舞台にしながら、ディックが描き出したものは、苦痛と苦悩に満ちた一つの生の諸相であり、自らの心とともに、この世界全てが瓦礫と化してゆく凄まじい破滅のヴィジョンであった。ディック作品の中で最も現実崩壊のさまが強力な作品だ。心理的に落ち込みやすい人は読まないほうがいい。このオレも、18の時、これを読んで見事に壊れた。

《2位》ユービック

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

いやあこれも凄かった。予知能力者対反予知能力者の戦いで引き起こされた時間退行により、現実の光景が次々に崩壊してゆき、やっとまともな世界かと思えばそれもまた漆喰が落ちてゆくようにボロボロと壊れ始め、そして主人公の仲間たちは腐食する世界と共に一人また一人と命を落としてゆく。覚めても覚めてもまた悪夢の世界に舞い戻ってしまうという、まさに無間地獄そのままにひたすら壊れ続けてゆく狂った世界の描写が凄まじい。現実崩壊の作家P・K・ディックの恐るべき大傑作。読んで一緒にぶっ壊れよう!

《3位》パーマー・エルドリッチの三つの聖痕

わっはっは、またもや現実世界が壊れてゆく物語なんだああああ!(書いているオレも壊れてきた)『火星のタイム・スリップ』『ユービック』と並びディックの”現実崩壊3部作(今オレが勝手に付けた)”の『パーマー・エルドリッチ〜』は、世界が終末を迎えようとしている未来が舞台。そんな世界で仮想現実とドラッグにのめり込むしか生きる術を持たない人々の脳裏に突然フラッシュバックする星間実業家パーマー・エルドリッチの姿。彼は神なのか悪魔なのか?読んでいるこっちまでドラッグ副作用を起こしているような感覚に囚われるヤヴァ過ぎる一作!みいいんなグジャグジャなんだあああ!(相当壊れてきている)

《4位》アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

映画『ブレードランナー』の原作としてあまりにも有名なこの1作、内容は映画のようなSFハードボイルドアクションといったものではなく、レプリカントと呼ばれる模造人間と本物の人間の狭間で、「真の人間性、人間らしさとはなんなのか?」というアイデンティティの揺らぎを描いた物語である。それはつまり、自分とは何なのか?という問題でもあり、どのように人は人間らしくあるべきなのか?という問いかけでもあるのだ。ディックはここで「共感」という言葉を使う。人の気持ちを汲むことの出来ること、共感することが出来ることこそが真に人間性へと近づくことなのではないか。SFの体裁を借りながら、ディックはひどく哲学的なことを語りかけている。

《5位》高い城の男

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

第2次世界大戦は枢軸側の圧倒的な勝利に終り、敗戦国アメリカは日本とドイツに占領されていた。そのアメリカでは「もしアメリカが戦争に勝っていたら…」という内容のSF小説が密かに流行していた…という歴史の“ if ”を描いた作品。ディックにしてはかなりまとまりのよい作品で、そのまとまりのよさが逆に新鮮だった。でもこれも現実とは何か、認識とは何か?というお話でもあるのだ。ディック小説というフィクションの中の人々は「アメリカの勝った世界」という実はこの現実での事実をフィクションとして読む。それでは、その逆も在り得るのでは?つまりこの現実の我々がフィクションなのでは?と思い始めたら実は怖い構造のお話だと分かるという仕組み。

《次点》ヴァリス

ヴァリス (創元推理文庫)

ヴァリス (創元推理文庫)

SF小説ぽくない、という理由からランク外にしたが、ディックの最も重要な作品の一つであることは確か。ディックはここで様々なオカルトや異端宗教などの文献を駆使し、ディック教とでも言えるような神秘主義的で異様な宇宙観を提示する。そしてそれは、ただひとつ、自分は、そして自分の友人達は、どうしてこの世界で、つまりはこの宇宙で、こんなにも不幸であらねばならないんだろう、という、生そのものへの疑問が、成り立たせたものなのだ。あまりに狂っているからこそ、歪んでいるからこそ、そこまで捻じれなければならなかったディックの生の悲惨さが浮き上がってきて胸を打つのだ。

《次点》あなたをつくります(あなたを合成します)

あなたをつくります (創元SF文庫)

あなたをつくります (創元SF文庫)

これもレプリカントと人間との狭間で人間性とは何かを問うテーマの物語ではあるが、なんと実はディックの書いたひたすら辛く苦しい一つの恋愛の物語でもあるのだ。前半こそSFぽいのだが、後半は主人公が愛する女にひたすら翻弄されて狂気にまで至ってしまう様が描かれ、そしてラストは残酷で悲痛な終焉を迎える。いやあ、ディック小説で身につまされて号泣することがあるなんて思いもよらなかった!

………………

オレがフィリップ・K・ディックについて書いた文章は『オレとサイエンス・フィクション!(全5回・その4)ディックだった!』に詳しいので、興味の沸いた方はそちらもドウゾ。

と言う訳で3回に渡ってお送りした「オレの好きな作家作品ベスト5」、いかがだったでしょうか。3人の作家の代表作5作をちょっとづつレビューしましたが、これって3回で15作品(結果的には17作品)の小説の感想を書く羽目になったってことなんですよねえ…。今回も3回分完成まで10日ぐらい掛ってしまった…。いったいなんでそこまでやるのかという…。
最後に、ネタを提供してくれた厘時さん、ありがとうございました!