オレとサイエンス・フィクション!(全5回・その4)

■欧米SFだった!

欧米SFを読んで最初にファンになったのはR・A・ハインラインですね。やはり誰もがSFオールタイムベストテンに挙げる『夏への扉』に引き込まれてしまいました。他にも『異星の客』『宇宙の戦士』『月は無慈悲な夜の女王』など名作が沢山ありますね。それとレイ・ブラッドベリブラッドベリのことは何度か日記で触れたことがありますが、なにしろ『10月はたそがれの国』ですね。他にも短篇集はあったのですが、なぜかこればかり読み返していた記憶があります。
高校にあがった頃はスターウォーズのせいもあって、世間でもSFバブルが起こり、早川、創元のSF文庫の他にもサンリオがSF文庫を出し始めましたね。創刊時のクリス・フォスのイラストは今でも憶えています。実はサンリオSF文庫、ラインナップがエキセントリックで結構好きだったんです。それに比べると早川、創元はちょっと硬いかな、という気がしていました。雑誌でもSFマガジンだけではなく、SF宝石とかSFアドベンチャーとか奇想天外など様々なSF誌が出ていましたね。10代も半ばを過ぎるとになるとSFの好みも少し変わってきましたね。この頃一番ショックを受けたSF作品はフィリップ・K・ディックの『ユービック』、そしてカート・ヴォネガット・ジュニアの『タイタンの妖女』でした。

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))

異星の客 (創元SF文庫)

異星の客 (創元SF文庫)

宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))

宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

10月はたそがれの国 (創元SF文庫)

10月はたそがれの国 (創元SF文庫)

■ディックだった!


『ユービック』は物語を読み終わった後も、今この自分が存在する現実世界が崩壊しているかのような錯覚を覚えてしまうという恐るべき作品でした。ディックの作品はその後も『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『パーマーエルドリッチの三つの聖痕』『高い城の男』などの傑作を読み、「ディックはSFのジャンルを超えた何かとてつもない作家だ」とオレに思わしめるほどになりました。トドメは『火星のタイムスリップ』でした。いやあ。これも現実が虚構に侵蝕されてどんどん崩壊してゆくという、今思い出しても笑っちゃいたくなるほど神経症的な物語でしたね。
ディックの物語の根幹には”現実で生きることの惨めさ”が描かれていたんだと思います。惨めさゆえに現実が機能不全を起こし、得体の知れない悪夢へと地滑りしてゆき、そして誰もそこから逃れられない、というのがディックの作品です。いうなればひとつの地獄を見せてしまう、それをSF作品で描いてしまう、というのがディックの凄みなんです。
それと同時に、ディックはempathyの作家である、と言われています。よく似た言葉にsympathyという言葉がありますが、これの一般的な訳語が「同情、共感」であるのに対し、empathyの訳語はより感情的に踏み込んだ「感情移入、相手の身になる、考えていることを汲み取る」という訳語が当てられるようです。映画『ブレードランナー』の原作にもなったディックの代表作、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に登場する、《エンパシー・ボックス》というガジェットに注目してください。これは“殉教者マーサー”と同じ痛みを分かち合う機械として登場し、この”同じ痛みを分かち合う”という部分に人間とアンドロイドの違いを、ひいては人間性というもののあるべき姿を描こうとしたのです。映画『ブレードランナー』では冒頭の《フォークト・カンプフ測定器》と形を変えて現れますが、このマシンが判別したのは、まさしく「人間らしい感情を持っているか否か」だったのです。
この”同じ痛みを分かち合う”というディックのテーマは、後期作品の『流れよ我が涙、と警官は言った』というタイトルそのものにも表れているような気がしますし、また、ディック最重要作といわれている『ヴァリス』は、”同じ痛みを分かち合”おうとしたばかりに狂ってゆく登場人物達の姿が胸を打つのです。つまりディックという作家は、”現実で生きることの惨めさ”を、”同じ痛みを分かち合う”ことで乗り越えようとする(そして多くはそれに失敗してしまう)人々描くという、実はとんでもなく悲痛な文学的テーマを孕んだ作品を書き続けていた人だったのです。
そんな作品群を精神的に不安定になりがちな10代から20代の頃に読んだからこそ、オレはディックにあれほどまでに心酔したのでしょう。いや、今こうしてそこそこいい年齢になっても、ディックの作品の持つ重みは少しも軽くなることなくオレの心に刻まれていると思います。それほどオレにとってフィリップ・K・ディックという作家は別格の作家でした。
ちなみに上の黄色い表紙のハードカバーは、オレが所蔵する早川書房が刊行した海外SFノヴェルスの最初期に出版されたディックの作品です。これも決して手放せない1冊です。

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)

火星のタイム・スリップ (ハヤカワ文庫 SF 396)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

ヴァリス (創元推理文庫)

ヴァリス (創元推理文庫)

(つづく)