フィクサー (監督:トニー・ギルロイ 2007年アメリカ映画)

主人公マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)はNYの巨大法律事務所の中で"調停者(フィクサー)”を勤める男。彼は農薬会社U・ノース社の300億円を超える薬害訴訟を担当するトップ弁護士アーサー(トム・ウィルキンソン)が精神に変調をきたしたことから彼の保護へと駆り出されるが、そのアーサーがクライアントであるU・ノース社の死者まで出す非道な薬害事件に心を痛め、クライアントに背きその証拠を公表しようとしていることを知る。一方U・ノース社の社内チーフ弁護士、カレン・クラウダー(ティルダ・スウィントン)もその事実を掴み、アーサーを抹殺しようと画策する。

実の所、揉み消し屋だの薬害訴訟だの社会的な題材には一切興味が無いオレがこの映画を観たのは、悪玉女弁護士カレン役を務めるティルダ・スウィントンを見たかったからである。映画『コンスタンティン』で天使ガブリエル役を演じていた彼女の中性的な容貌には実に魅了された。その後も『ナルニア国物語』を彼女見たさにDVDで見て、やはりこの人はある種カリスマ的なルックスをしているよなあ、と見惚れていた位だ。映画のナルニアはしょーもない作品だったが…。この映画『フィクサー』では、自らの職務を遂行する為についには暗殺指令まで出してしまう非道な弁護士を演じるが、単に紋切り型の悪玉を演じるのではなく、悪事にまで手を染めてしまう精神的な弱さを実に巧みに演じて見所があった。彼女はこの演技で本年度アカデミー助演女優賞を獲得している。

しかし映画としてはちょっとタルかったかな。監督が脚本畑の出身(ジェイソン・ボーン シリーズ、ディアボロス/悪魔の扉)のせいか、ディテールの積み上げ方やサブストーリーの盛り込み方は実に細やかなのだが、逆にその瑣末さが映画的カタルシスを殺いでるんだよな。脚本を小説のように読めば面白く出来ているのかもしれないが、映像作品としてみると、余計なエピソードやカットを挿入しすぎてクライマックスへと盛り上げる為のスピード感を無くしているのよ。主人公の人物背景を説明している賭け事好きや借金、家族関係など、決して必要なかったとは言わないが、これに割く時間はもっと短くてよかったね。さらに冒頭のシーンで主人公の車の爆破シーンがあり、そこから「4日前」と時系列を遡って映画が描かれてゆくのだが、これはいらない構成だったような気がする。

で、薬害訴訟で被告側巨大製薬会社の企業内弁護士を務めるカレンが暗殺指令を出し、裁判に不利な証拠を持つ弁護士を抹殺しようとするが、ここだけなぜかリアリティが希薄になってしまう。被告側弁護団に盗聴などの裏工作を専門にする”仕事屋”がいるのはまま分かることだが、これがいきなり暗殺まで引き受けてしまうのは、映画としては面白いかもしれないが、作品全体の世界観とそぐわないような気がするのだ。だったら最初からジェイソン・ボーン シリーズの如きはったりかませまくりのアクション・クライムサスペンスとして製作すればよかったわけだが、この映画はそういった性格のものとして作られていないという気がする。しかも暗殺が遂行されるのが映画のほぼ半分を過ぎてからで、やっとここからサスペンスが盛り上がってくるのだが、ここまでがむしろ長すぎるのだ。

一番の問題が、主人公が凄腕フィクサー:揉み消し屋であるということが謳われているのに、物語のどこにも、この主人公がいかに凄腕なのかが描かれていない点だな。実の所「フィクサー」というのは日本配給会社の付けた邦題で、原題は主人公の名前をとった「Michael Clayton」というシンプルなものだが、これでは確かに客は入らないだろう。むしろ映画では自分の法律事務所のもみ消し担当ばかりやらされてキャリアに繋がらない主人公の苦悩があったりするわけだから、この映画で彼の仕事である”フィクサー”は”日の目を見ないつまらない仕事”といった否定的な意味で表現されている。そのつまらない仕事の重圧に耐えかね友人弁護士は精神的に破綻し、さらに暗殺までされ、主人公も命を付けねらわれ、それにより”やさぐれ男が突然正義に目覚める”こととなるのだが、主人公がやさぐれていることが物語的に必要だったかどうかも疑問だったりする。

たいした読まないのだがアメリカのハードボイルド小説なんてぇのには、脛に傷持つ感傷的な男がとかく主人公として登場しているようなのだが、この個人的で安易な自己憐憫とナルシシズムを監督は映画でやろうとしてしまったのではないか。そして脚本家としてとかく監督から内容変更だのダメ出しだのをくらってフラストレーションの溜まっていた部分を、自分の脚本を監督として製作して大いに晴らそうとしていたのではないか。つまり脚本家としてやりたいことをやった映画であるが、映画監督としては中途半端な作品を作り上げる結果になったのが今作だったのではないかという気がする。

■Michael Clayton - Trailer