ヒトラーの贋札 (監督:ステファン・ルツォヴィッキー 2006年ドイツ・オーストリア映画)

第2次世界大戦末期、ナチス・ドイツは敵国イギリス経済を撹乱する為に史上最大の紙幣贋造計画、「ベルンハルト作戦」を遂行した。映画『ヒトラーの贋札』はこの史実を元に、各地のユダヤ強制収容所から召集され、秘密施設で贋札製造に従事させられたユダヤ人印刷技師達の、苦悩と死と隣り合わせの恐怖を描いた作品である。映画は実際にこの作戦に関わったスロバキア人印刷工アドルフ・ブルガーの手記『ヒトラーの贋札 悪魔の工房』を元に構成された。ちなみにこの作戦で偽造されたポンド札は1億3400万ポンド、イングランド銀行発行の銀行券10%にまで達する膨大な額だったという。

主人公はユダヤ人贋作師サロモン(カール・マルコヴィクス)。実在した世界的贋作師をモデルとするこの男は、いかにも裏街道を歩いてきたと思わせる不敵な面構えと斜に構えた態度を取りながら、したたかにナチスに取り入り、なんとか生き延びようとする現実主義者だ。いや、生き延びるためにはそうせざるを得ない時代だったのだ。それに対し印刷技師ブルガー(アウグスト・ディール)は贋札製造はナチスへの戦争協力に他ならず、これは命を懸けてでもボイコットしなければならないと主張する。ナチスの虐殺により既に愛するものを亡くしていた彼にとって、それは決して理想論を振り回しているわけではないのだ。物語はこの、強制収容所の中での保身とモラルの拮抗を描きながら、ユダヤ人当事者から見た「ベルンハルト作戦」の全貌を追ってゆく。

贋札を作り続けていれば当面は殺されることは無い。しかし最後まで殺されないという保証など無い。取り合えず今を生きるために贋札を作り続けるのか。殺されるのが定めならこの今正義を主張するのか。失敗したら死、成功しても死はいつか来る。同じようにホロコーストを題材にした映画として『シンドラーのリスト』を思い浮かべるが、『ヒトラーの贋札』での監視された収容所生活の印刷技術者達は、『シンドラー〜』の工場経営者がそれと分からぬように不良製品を造り続け戦争協力を拒否したようには製造をボイコットできない。そんな中で最初は自らの保身のみで行動していた一匹狼の主人公が、次第に仲間の命を守るために奔走し、最後にはナチス士官との取引まで行おうとする部分がこの映画の見所だろう。

プロローグとエピローグでは、終戦後の美しいモンテカルロの海辺が描かれる。風光明媚な世界的保養地であり、豪奢なホテルと賭博場が建ち並ぶこの地に、うらぶれた表情で立ち尽す主人公の虚無と悲嘆に満ちた眼差し。そして最後に主人公が取った行動とは。戦争と虐殺の悲惨な光景のみで終始させず、これらのエピソードを挟み込むことで、哀感に満ちた余韻あるラストへと物語りは収斂してゆく。

■The Counterfeiters Trailer

ヒトラーの贋札 悪魔の工房

ヒトラーの贋札 悪魔の工房

ヒトラー・マネー

ヒトラー・マネー