残虐行為記録保管所 / チャールズ・ストロス

残虐行為記録保管所 (海外SFノヴェルズ)

残虐行為記録保管所 (海外SFノヴェルズ)

イギリスSF作家チャールズ・ストロスの描くクトゥルー・スパイSF。『残虐行為記録保管所』『コンクリート・ジャングル』の長・中篇2作収録。クトゥルー神話というキーワード、そして『残虐行為記録保管所』という物々しいタイトルから、どれほど鬼面人を威すおどろおどろしい物語が描かれているのかと思ったが、読み始めてみると予想に反してどこかずっこけた味わいすらあるSF作品だった。映画『未来世紀ブラジル』を思わせる滑稽な官僚主義社会、ウィリアム・ギブソンが描いたかのような電脳ガジェットを操るナードな登場人物、アメリカンコミックで映画化もされた『ヘルボーイ』を髣髴させるナチス、オカルト、クトゥルーの三題噺、それらがイアン・フレミングジョン・ル・カレといった英国スパイ小説と融合したようなハイパーミクスチャーなジャンルのSF小説だといえばお解かり戴けるだろうか。しかしこれがなかなか手強い部分があった。あらすじはざっと次の様な感じ:

『残虐行為記録保管所』
人類は既に異次元世界との間に超次元通路を作る方法を発見していたが、恐るべき災厄を招き入れぬよう秘密にされていた。その次元の向こうではクトゥルー神話で知られる異形の生き物達が人類を破滅に導こうと狙っていたからである。この秘密を守る為英国政府は特殊機関《ランドリー》を開設したが、ここに務める主人公ボブ・ハワードはある日、アメリカに住むある大学教授との接触を命じられる。しかしそこでは、中東系テロリスト、そしてナチス・ドイツの魔術研究機関アーネンエルベの残党が暗躍する地球規模の陰謀が企まれていた。

『コンクリート・ジャングル』
前回の事件から引き続き、ボブ・ハワードの活躍する続編。《コードブルー》発令により朝4時に叩き起こされた主人公は、牛が石化するという事件の調査を命じられ現場へと向かう。しかしそれは英国が秘密裏に開発し全英の公共監視カメラ網に見せかけて配置される異界生物侵略抑止兵器”スコーピオンステア・バシリスク”にまつわる陰謀の発端に過ぎなかった。


英国作家というのはどうも苦手である。語り口が重々しいというか鈍重というか、妙にしつこい文体で読み難いばかりか、物語になかなかアクセルが入らず随分と読み進めてからやっとお話の輪郭が掴めてくる部分がじれったいのである。まあオレは文学読みでもなんでもなく、SF小説に限ってそう思っているだけだから、ある種決め付けのようなものかもしれないが、長編小説を読む前に英国作家だと分かっていたらちょっと敬遠してしまうだろう。この『残虐行為記録保管所』の作者チャールズ・ストロスもまた英国作家で、予想通りしつこい文体ともったいぶった展開で、なかなか物語が展開しようとしない部分で面食らった。なにしろ長編『残虐行為記録保管所』で事件らしい事件が起こり始めるのは全体の半分も頁を費やしてからであり、それまでは特殊機関《ランドリー》の日常とこの物語世界に存在する魔術的数学を説明するエピソードが延々語られるだけなのである。特殊な世界観だとはいえ、ここまでの描写は不用だったように思う。まあこれも、アメリカSFを読み慣れている者の苦言であり、これが英国流というヤツなのかと自分を納得させた頃には物語りも少しづつ面白くなってくる。

物語の持つずっこけ方は風雲急を告げる筈の事件が起こった時に限って主人公が気絶してしまい、実際に何が起こったのかは後になってから知らしめられるといった、いわゆる”ハズし””スカし”の描写の仕方に表れているだろう。本来なら物語を盛り上げ、幾らでもスペクタクルにもエキサイティングにでも描きようがある場面なのにあえてそれをしないというヒネクレ具合が、また例によって英国調なのだろう。この”ハズし”の流儀は律儀にもクライマックスにまで適用され、緊張感を孕みながらもどこか淡々とした調子で物語は終わる。つまり作者の描きたかったものはハリウッド映画のような大仰なサスペンスやけたたましいアクションなどではなく、このなんとも奇妙なオフビートのノリの部分にあったのだろうと思う。

もうひとつの主役は数学・物理学の専門用語やコンピュータ用語が乱れ飛び、かてて加えてクトゥルー固有名詞や魔術用語までが飛び出し、それらの単語が濃密で重合的に結合したヒプノティックな文体だ。はっきり言って殆ど意味が分からないが、大量の情報のシャワーを浴びせ掛けられている様な快感があるのは確かだ。さらに英国人にしか分からないのではないかと思われるような楽屋オチ的なネタや、映画や小説などのフィクションから流用されたと思しき小ネタも散りばめられ、いわゆる”情報濃縮小説”といった趣さえある。作者あとがきでも触れられていたが、この辺の感触は『ダイヤモンド・エイジ』『クリプトノミコン』のニール・スティブンソンを髣髴させる部分があるだろう。インターネットに大量の情報が行き交い、それらの情報に常に晒されていることが日常的な光景であるコンピュータ・エイジのSF小説だと言ってもいいかもしれない。

面白かったのは”魔術/オカルト”が科学と平行して存在し、それがファンタジーにもホラーにもならずきちんと”SF”として成り立っているところだろう。つまり”魔術/オカルト”は並行宇宙の解析不能だが十分有効なもう一つのテクノロジーとして存在しているのだ。主人公が時として《栄光の手》と呼ばれる魔術ではお馴染みの呪物で難を逃れたり、秘密を守らせたり告白させたりする場面で魔術を使ったり、逆に異界から侵入してきた生物を電気的信号で退散させたりと、科学⇔魔術をその都度使い分けて独特の世界観を生み出しているのだ。残虐行為=人間の生贄を殺害することが情報を破壊しエントロピーを増加させることとなり、それが異世界との入り口を作る力場のもとになる、という説明は面白かった。