セル(上)(下) / スティーヴン・キング

セル〈上〉 (新潮文庫)

セル〈上〉 (新潮文庫)

セル 下巻 (新潮文庫 キ 3-57)

セル 下巻 (新潮文庫 キ 3-57)

ある日突然、携帯電話使用中の人間達がいっせいに狂い始める。彼らは全ての人間性を失い、正常な人間達を次々と殺戮して行った。そして、世界は、たった1週間で終焉を迎えた…。S・キングの最新長編『セル』である。物語は瓦礫と化し狂ったゾンビ達が闊歩する街々を、妻と息子の安否を確認する為に彷徨う男と、災厄の最中に彼の仲間となったもう一人の男と少女との、絶望的なサバイバルの旅が語られてゆく。

冒頭の献辞が映画『アイ・アム・レジェンド』原作のSF作家リチャード・マシスンと映画『ゾンビ』の監督であるジョージ・A・ロメロに捧げられている事から分かるように、小説『セル』はキング版SF調ゾンビとして完成している。携帯電話の音信に紛れ込み人々を狂わせた謎の電波により、人々が生きたまま死者のように成り果てるといった設定は、ゾンビ物としても斬新だ。そして、この”携帯ゾンビ”達は単なる狂人の群れから日に日に進化し、統率した行動を取るようになり…といったミステリアスな展開も、一ひねりがあって読む手を休ませない。実の所、携帯電話を使っていた人々が一斉に狂い始める冒頭などは、単刀直入すぎてどうにも芸の無い大味さで、この調子でありがちなゾンビパニックモノのままお話が進んじゃったらイヤだなあ、などと思っていたので安心した。

キングという作家はその恐怖の矛先を必ずといっていいほど家族や恋人、友人など信頼関係にあるもの同士の結び目に向けてくる。「あの人がこんな目に遭ったら」という不安を増幅させ、そこにちらちらと「もう、何もかも駄目なのかもしれない」という絶望の匂いを漂わせる。キング小説の核は、そして怖さは、この愛する者を失う不安と絶望にあるのだと思う。だからこそキング小説は誰にでも理解しやすく受け入れられやすい素養を持っていて、これだけのベストセラーを生み出したのだろう。語られる物語は特に目新しい訳でもないB級ホラーやSFだし、文学的に格調が高いわけでもないキングは、このけれん味溢れる大衆性ゆえに支持が高い作家なのだということができるだろう。そしてオレもこの大衆作家ゆえにキングが好きなのだ。

この『セル』でも、家族の安否を確かめたいという、あまりにもベタだが誰もがこういった状況なら必ずと言っていいほど抱いてしまうであろう悲痛な感情から、主人公は自ら進んで死に満ちた危険の中に飛び込んでゆく。そしてその道行きの中で知り合った様々な人々との信頼や情愛が、死と狂気でもって脆くも崩れ去ってしまう様が、またもや悲痛さを生む。勿論、惨たらしい死やおぞましい化物、サディスティックな暴力とペシミスティックな世界をも描かれるキング小説だが、凡百のホラー作家から頭一つ抜きん出ているのは、この不快と不安のバランスの良い作話術にあるのだろう。

内容のほうはこれ以上触れないが、いつものキングらしいビジュアルがすぐ目の前に浮かんでくる描写で、この『セル』も映画化が早いんじゃないかな。…と思ってたら既に映画化が決定しているそうで。しかも監督が『ホステル』のあのイーライ・ロスだっていうんじゃあーりませんか。これはちょっと楽しみですね。あ、感想書いてませんでしたが相当楽しめました。かなりストレートに話が進んで行くうえ、視点が主人公のもののみだったせいで、世界の広がりや物語の重厚さには欠けるような気はしましたがね。ぶっちゃけ書き飛ばしたなこれ、って気も無きにしも非ずですが、このぐらいサクッと読めるキング長編もいいかもね。おかげで読む手が止まらず、珍しくメシ食いながら本読んじゃいましたよ。