早川異色作家短篇集第20巻 エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇

エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇 (異色作家短篇集)

エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇 (異色作家短篇集)

早川異色作家短篇集第20巻、最終巻です。全集終尾を飾るのは世界各地の異色短篇から選りすぐったワールドワイドな作品集ということになります。しかし世界中から集める、だなんてやはりその道に精通した編集者でなければ出来なかったことでしょう。アメリカ篇、イギリス篇、今作と編纂を担当された若島正氏に敬意を表したいと思います。さてこの世界篇ですが、西欧東欧中東南米アジアとまさに世界を股にかけた短篇集。あとアフリカとオーストラリアあたりがあれば完璧か?なんて言うのは欲張りすぎでしょう。どの作品もその国独特の雰囲気を醸し出していて実に楽しい。ものによってはその作者の代表作とは言い難い、なんて評価もありましたが、作品を読む毎に世界のあちこちを旅しているような気分が味わえる、という点においては実にお得感のある作品集に仕上がっていると自分は思いました。では作品を紹介して見ましょう。

◆容疑者不明(ナギーブ・マフフーズ/エジプト)…アラビア語圏初のノーベル賞受賞作家という作者の作品。内容はタイトル通り、容疑者不明のまま引き起こされる殺人事件を巡る刑事の焦燥感を描いたものですが、ミステリや物語としてみると、単にそのまんまの内容で、実はたいしたことは描かれてはいないんです。しかし、舞台となるアラビア世界の描写がとっても異郷感を漂わせていて、その雰囲気が想像力をかき立てる作品でした。
◆奇妙な考古学(ヨゼフ・シュクヴォレツキー/チェコ)…これもとある迷宮入り事件を追う警部補の物語ですが、ミステリとして読むよりも、ソ連侵攻以降の暗いチェコ情勢と共産化の中で先行きの見えない生活を送る人々の描写が目を引きます。その東欧世界の冷たくどんよりとした空気を味わえるという点で興味深く読むことが出来ました。
◆トリニティ・カレッジに逃げた猫(ロバートソン・デイヴィス/カナダ)…猫のフランケンシュタイン・モンスターを作り上げるというスラップスティック・コメディ!その猫フランケンは普通の猫の12倍の大きさでおまけに人語を喋る!とんでもない奇想とブラックな楽しさに満ちたこの短篇集でも白眉といっていい掌編です!その可笑しな語り口に是非酔い痴れて下さい。
◆オレンジ・ブランデーをつくる男たち(オラシオ・キローガウルグアイ)…オレンジ・ブランデー製造に取り憑かれた食い詰め者の男達の悲喜劇。南米ならではの明るい陽光を感じさせる楽天主義と、ジャングルの奥を思わせる暗く湿った死の臭い。陽気さと狂気がない交ぜになり、地獄へと軽いステップを踏みながら堕ちて行く男達の姿が壮絶です。
◆トロイの馬(レイモン・クノー/フランス)…「地下鉄のザジ」でも知られる作者のこの作品は、酒場で突然馬から話しかけられるというシュールな物語。話しかけられた男女のほうも相手が馬なのに白け切った態度で、お互いの会話がどんどん上滑りしてゆくというお寒い雰囲気がどこまでも不思議で変な短篇。
◆死んだバイオリン弾き(アイザック・バシェヴィス・シンガー/ポーランド)…こちらもノーベル賞受賞作家。ユダヤ教信者達の住む町で、一人の少女に男女の悪霊が取り憑いた事から巻き起こる大騒動。我々の知っている日常とは異質なユダヤ教世界の描写と、民話を思わせるようなコミカルでちょっぴりダークな物語展開がなにしろ楽しかったです。
◆ジョヴァンニとその妻(トンマーゾ・ランドルフィ/イタリア)…主人公の知り合いのオペラ好きな男はとんでもない音痴だった!という実にイタリアらしい情熱と狂騒の物語。とても短いですがきちんと変です。
◆セクシードール(リーアン/台湾)…とある婦人の性的夢想と幻想が書き連ねられているお話ですが、それはなんと「私の夫にも豊かな乳房があればいいのに」というもの。もはや奇想を通り越して奇奇怪怪な物語だ!
◆金歯(ジャン・レイ/ベルギー)…墓を暴いて金歯を盗み取ることを生業にしている男が、ある日見初めた女性は、口に美しい金歯の光る女だった…というトンでもないお話。さらにお話は二転三転、ラストへとブラックな笑いを撒き散らして進んでいきます。
◆誕生祝い(エリック・マコーマックスコットランド)とあるホテルで逢引する男女が…ええと、このあと解説するのもナニな訳の分からない展開が待っています。なんじゃこりゃ?
◆エソルド座の怪人(G.カブレラ=インファンテ/キューバ)…オペラ座の怪人は駄洒落が大好きだった!映画『ファントム・オブ・パラダイス』なども絡めながら実験的な文体で描かれた物語ですが、むしろ作者が「オレが面白ければそれでいいんだ!」とばかりに激情に任せて書き上げたお話といった感じです。はっきり言って訳が判らない!