《屍肉のえじき》 (秋の食人賞フェア)

なんだか”食人”というお題でショートショートを書くのが流行っているらしい。という訳でオレもちょびっと書いてみる事にするから皆さんはお読みなさいよ。

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《屍肉のえじき》

1.
「少佐、遂にゾンビから人類を救う方法を発見しました!」
教授が青白い顔に血走った目をさせてそう告げたのは、俺がその日6杯目のウオッカに口を付けていた時だった。
「糞つまらねえ冗談をほざいている訳じゃないだろうな」
俺はウォッカを飲み干すと、教授を睨み付けながらそう言った。
「本当です。私の研究室まで来てくだされば判ります!」
教授は生まれて初めてポルノビデオを見た餓鬼のように興奮していた。
そして今俺は、人肉喰いどもが檻に入れられた、教授の研究室の中に立っていた。

死体どもが甦り、生きた人間を襲って貪り食うようになってから随分経つ。屠殺される豚のように慌てふためいた連中はみんな死体どもに齧り殺され、ぼんくらどもが牛耳る国家は小便の沁みた便所紙みたいにグズグズになって解体した。この世界に今どれだけの生きた人間が存在するのかは見当も付かない。俺と仲間達は早々と国家と軍隊を見限り、秘密裡に作られていた核シェルターを襲撃し、ここに篭城していた。いつかあの腐肉どもがこの世界から消え去る日を願いながら。だが日に一度偵察で飛ばすヘリコプターからは、気の滅入るような答えしか返ってこなかった。そしてどこの国家施設とも、人間が隠れ住みそうなどんな場所からも、何一つ音信は無かった。どこかで通信の手段も無いまま細々と生きている連中はいるのかもしれない。だが生きた人間の世界は、もう殆ど人肉喰いどもの天下に取って代わられてしまったようだった。

2.
「それで?」
檻に入った人肉喰いどもの腐臭に、さっきの酒が胃から逆流しかけているのを堪えながら俺は訊いた。
「まずこれを…」
教授が研究室の隅のカーテンを開けると、そこには3日前人肉喰いに腕を齧られ、ゾンビ化を防ぐ為射殺するよう命じたはずの兵士が立っていた。
「なんだこいつは!ぶち殺しておけと命令しておいたはずだろう!」
咄嗟に腰に下げた拳銃を抜こうとした俺を教授は慌てて押し留めた。
「違うんです!待ってください!彼をよく見てください!彼はゾンビになっていないんです!」
揉み合いながら俺はその兵士をもう一度見た。兵士は決まり悪そうに頭を下げると、人肉喰いたちには到底無理なはずの流暢な言葉で喋り始めた。
「驚かせて申し訳ありません…。しかし私は、教授に助けられたのであります。ゾンビにはならなかったのであります!」
確かにゾンビ化の兆しも無い兵士の顔色を見て、俺は抗うのを止め、まだしがみついている教授を突き飛ばすように振りほどくと、腰の拳銃からは手を離さないまま、用心の為ゆっくりと数歩後ずさった。
「どういうことなのか説明しろ」
できるだけ落ち着いたそぶりを見せながら俺は教授を問い質した。

「これまでゾンビを様々に観察し、私はあることを発見したのです。ゾンビに噛み付き、その肉を喰い取った犬がいたのです。その犬はすぐにゾンビの逆襲を受け、腹を噛み付かれましたが、私は犬のゾンビ化を研究したかったので、その犬を殺さずに檻に入れておきました。しかし…ゾンビに噛まれた筈のその犬はゾンビ化しなかったのです」
科学者らしいある種の勘から、教授はその後いろいろと実験を繰り返したらしい。そして一つの結論に達した彼は、それを人間で実験できる日を待っていたのだという。その日はすぐにやってきた。それが今目の前にいる兵士だった。教授はゾンビに噛まれた兵士を薬殺すると偽って引き取り、兵士にその方法を試したのだという。そして、彼の予想通り、兵士はゾンビ化せず、今こうして普通の人間として生きながらえているのだというのだ。

「ゾンビに噛まれてもゾンビ化せずに済む方法、それは、ゾンビの肉を喰う事だったのです!」
自らの発見に酔い痴れ、甲高い声で教授はそう叫んだ。
その時だった、シェルター内に不気味なサイレンの音が鳴り響いたのは。
そのサイレンの意味はただ一つ。
屍肉どもが侵入してきたのだ。

3.
戦闘は半日続いた。シェルターのそこかしこに溢れた人肉喰いどもを撃ち殺し、さらに物陰に潜む糞どもを探し出しては頭蓋骨を吹き飛ばして回った。仲間の何人かは生き延びた。何人かは死んだ。何故人肉喰いどもがこのシェルターに入り込めたのかは謎だった。だが外部と出入りできる昇降リフトが開放されており、その操作室の中で口にショットガンを咥えたまま床一面に脳漿を撒き散らしている一人の兵士の骸を発見した時、どうやらこのチンポ吸いの薄馬鹿が、ズリネタしか詰まっていないその糞頭を狂わせ、俺たち仲間もろとも腐肉たちの餌にしてしまおうと企んだ結果なのではないかと推測された。だがそんなことはもうどうでもいい。俺は死に掛けていた。糞人肉喰いに腕の肉を噛み千切られたのだ。糞が。糞が。
死体や怪我人を運んでいる兵士達に混じって教授の姿が見えた。奴は人肉喰いに噛み付かれた兵士を探しては人肉喰いの屍肉を喰わせていた。そして俺の姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。

「少佐!この傷は…ゾンビに!?」
ゾンビ化の兆候である全身の寒気に襲われながら俺は頷いた。
「いまならまだ間に合います!この肉を喰うのです!ゾンビの肉を喰うのです!」
人肉喰いからたった今切り取ったばかりの腐肉を俺の鼻先に押し付けながら、奴は叫んだ。
「駄目だ…駄目なんだ…」
かすれた声を振り絞って俺は答えた。
「駄目じゃない!私の言うことを信じてください!この肉を喰ってください!」
なおも腐れた肉を俺の口元にあてがおうとする教授の手を、もはや感覚の無くなって来た手で俺は無理矢理撥ね退けた。
「死にたいのですか少佐!少佐!」
まだ力が残っていたら奴の顔面を口に一本の歯も残らないぐらいにぶちのめしてやりたかった。だがもうそんな力も残ってはいなかった。
「何故です!?何故なんです!?」
半狂乱になって教授はわめいた。
駄目だ。駄目なんだ。人肉喰いの肉など、絶対に喰えるものか。
何故なら、俺は、ベジタリアンだったからである。

食人賞参加
http://neo.g.hatena.ne.jp/keyword/%e9%a3%9f%e4%ba%ba%e8%b3%9e

※舞台設定はジョージ・A・ロメロ監督の映画《死霊のえじき》を参考にさせて戴きました。

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