失われた探検家 / パトリック・マグラア

失われた探険家 (奇想コレクション)

失われた探険家 (奇想コレクション)

なんだろなあ、この手の「奇妙な味」系の作家を結構読んじゃったせいか、この程度では驚かないというか、特筆するほど突出していないような気がしたなあ。じゃあ何が拙いんだろう、と考えたが、この人、ソツがなくて器用に書ける職人作家だけれど、逆に”異様なもの”に対する憧れとか偏愛とかが少ない、言ってみればごく普通に常識的な作家なんだよな。普通に書こうとしてもどうしても異様になってしまう作家というのが対極にいて、マグラアにはそういったルサンチマンや狂気や退廃やデモーニッシュな部分って欠けている、所謂破綻の無い作家だという気がするのよ。歪んだ世界を書きながらも、作者自身には歪んだものを感じないのね。だから”職人作家”なのよ。それは悪いことではないし、作品が凡作だというつもりもないけれども、琴線に触れてその世界にのめりこんでしまいそうな作品もないのね。ぶっちゃけ相性が合わない作家なんだろな。その辺が惜しい、というか、ゴメンナサイ、とでも言うか。

それと、よく「グロテスク」と評されるマグラアの作品だけれど、彼の作品って”異様なシチュエーション”がまずあるんだが、結局作品内では”異様なシチュエーションの中でなら当然起こること”しか起こらない、という奇妙な逆転現象が存在してるんだよ。だからいくらグロテスクであっても、当為的とでもいうか、特にショッキングではないんだよね。そのせいかラストが生きているような作品があまり見られないのは短篇としては致命的かな。作者は精神科医の家系らしく、それを題材にしたような作品も多いが、精神分析的で理性的なところが逆に仇になっているのかもしれない。

そんな中で面白かった作品を幾つかピックアップするなら、冒頭【天使】はじわじわと暗さを増すダークファンタジィの匂りがいいし、庭先にアフリカで遭難した探検家が突然現れる表題作【失われた探険家】は実にキュートなお話だし、【串の一突き】のラストには唖然とさせられた。いい作品になりそうだったが惜しかったのは、死刑囚とジャーナリストの対話を描いた【アーノルド・クロンベックの話】。なんだか『羊たちの沈黙』を思い出しちゃったのだ。【血の病】も、血にまつわるいろいろな騒動が相乗効果を上げそうに見えて、なんだか盛り上げ不足で中途半端になっちゃったところが実に惜しい。【オナニストの手】はホラー映画『死霊のはらわた』を思い出させるし、【黒い手の呪い】あたりは筒井康隆が同工だがもっと面白い短篇を書いていたと思う。その辺の既知感のあるストーリーもなんだか損をしているような気がしたな。

また後半の「信頼できない語り手」と呼ばれる手法の数作の作品も、着眼点は面白いと思う。一人称視点の主観的な言及で語られるその作品は、どの主人公も歪んだ精神を持っているが為に、文中で語られている”現実”は、主人公の精神のバイアスにより、ある情報が過剰だったり、無意識的に欠落していたりして、歪んだレンズ越しに見たような像しか結ばない。しかし、そのレンズを覗いているものは、レンズが歪んでいるとは決して思っていない、という不気味さを物語にしたものだ。