怖い絵 / 中野京子

怖い絵

怖い絵

「ミレーの”晩鐘”には農夫達の抑圧された性的欲求が隠されている」と言ったのは確かダリだったか誰だったか。中世〜近代絵画を深読み・裏読みしてその絵の背後にある”怖い”理由を詳らかにして見せたのが本書である。20枚の絵画とそれへの短い解説が入っており、とても読みやすい。変わった切り口の美術評論として読む事が出来るし、製作当時の時代背景なども説明されていて、ちょっとした歴史読み物といった面もある。そしてやはり著者が並べた”怖い絵”の、そのおぞましさ・薄気味悪さを眺め堪能できるのがいい。その中にはムンク《思春期》やルドン《キュクロプス》、ゴヤ《我が子を喰らうサトゥリュヌス》など御馴染みの”怖い”作品、ブリューゲルやベーコンなどの有名画家の絵もあるが、今回自分が始めて目にするような薄気味悪く残酷な作品もちらほらとあり、不気味な絵の好きなオレは結構楽しめた。
しかしそういったあからさまに”怖い絵”ではなくて、一見なんでもないどちらかといえば美しい絵に、”怖い”理由が潜んでいることを指摘した章が興味深い。モノによっては牽強付会と言えなくも無い解釈もあるが、見た目とその内実のギャップというのは下世話な興味を駆り立たせてくれる。例えば冒頭のドガ《エトワール、または舞台の踊り子》などはどうだろう。一人の踊るバレリーナを描いたこの絵は印象派の美しい絵画として知られているが、この絵が描かれた時代、フランスのバレエは下火になっており、当時のバレリーナは劇場を訪れる金持ちをパトロンとする殆ど娼婦のような存在だったという。つまりドガの描き続けたバレリーナの絵は、今で言う風俗ギャルを激写したエログラビアみたいなものだったというのだ。
また、《マリー・アントワネット最後の肖像》を描いた画家ダヴィッドの権力志向な俗物ぶり、イングランド王ヘンリー八世を描いた豪奢な肖像画の裏にある陰惨な史実など、どれも筆者の歴史解説が丁寧になされていて読むとなるほどと思わされてしまう。特に心に残ったのは《イーゼンハイムの祭壇画》だろうか。疫病の蔓延る中世で、死病に罹患した者達が巡礼の旅に出る様を物語形式で解説したこの文章は、当時の祭壇画・宗教画が人々にとってどのような役割を果たしていたのかが描かれ、非常に胸に残った。