飲み屋はキャベツ畑

オレの会社に通称”アオさん”と呼ばれる男がいる。彼は剥いたソラマメのような顔をした中年男だったが、数年前糖尿病を患い、低カロリーの食事でやせ細った結果、インゲンマメのような顔をした中年男へと変貌してしまった。しかし食餌療法をしているくせに酒だけは止められず、元気に毎日居酒屋通いをしているというしょうもない男である。
この間そのアオさん等会社の中間管理職のおっさんグループで飲みに行ったのであった。ちなみにこの飲みのメンバーは大体いつも決まっていて、会社の若い女子の皆様に『オヤジ会』などと蔑称され鼻で笑われているという心切ないグループなのでもあった。
さてその『オヤジ会』におけるアオさんであるが、なにしろ糖尿病なのでカロリーの高いものはあまり食べない。で、何を食っているかと言うと生キャベツである。4分の1にザクッと切り芯を抜いただけのキャベツがゴロッと皿に乗っているのを毎回毎回飽きずに食っているのだ。そんなキャベツばかり食っているアオさんを「青虫アオさん」などと馬鹿にしきったあだ名で呼んでいたオレであるが、ここ数年の加齢による食物の好みの変化で、このキャベツがとても美味いと感じるようになってきたのである。
居酒屋で出される生キャベツは店によって付けダレが違ってくるが、だいたいは味噌ベースであるということが出来よう。この間のお店では味噌にマヨネーズ、胡麻などを和えた付けダレが出てきてこれは美味かった。いざキャベツ様を戴かん、とオレは皿に手を伸ばし、生キャベツをおもむろに摘み上げ、斜め45度の角度で素早く付けダレに付けると口に放り込み、それをバリバリムシャムシャと貪り食うというわけである。キャベツの食感が舌に心地よいシンプルだが飽きのこない逸品だ。刻んだだけだけどな!あんまり美味いもんだから、他のつまみなんかそっちのけで、キャベツばかり食う。ビールガブガブ飲んで生キャベツをバリバリムシャムシャと食い続ける。そして男数人の酒の席で生キャベツばかりが何皿も消費されるのである。キャベツ如きでは店の売り上げもたいしたことはあるまい。つくづく嫌な客であろう。しかし安月給とはいえそこそこの収入はあるはずの中間管理職の男数人が飲み屋でキャベツで腹一杯になっているという光景はどこか物悲しいものがあるよな。
そういえば以前ならポテトフライだの鶏の唐揚だの脂っこいものが主流であったオレの居酒屋におけるつまみの好みも、段々と淡白になってきた。いたわさとかモロキュウとか昔は食わなかったもんなあ。という訳で、厳しい社会を生きる企業戦士たちが飲み屋の席で真に食わねばならないもの、それは生キャベツ、と適当に結論を出し、このお話は終わるのである。