日記1000回特別企画・”スタンド・バイ・ミー”(中編)

「そしたらさ。見つけたんだよ。草むらに、エッチな本が落ちているのを。」
「エエエエエーーーッ!!」
固唾を呑んで聞いていたオレと仲間達の声が一気に爆発した。
エッチな本。
小学校低学年の男のガキにとって、エッチな本、というのは危険な魔術の書き記された黒魔術の本の如き恐るべきコワクに満ちた存在である。
それは歴史の裏側に秘められた闇の教典であり、謎に満ちた宝物殿であり、それを手にすることで栄光を得られるかもしれないが、破滅も待っているかもしれない、という、危険な輝きを放つ書物なのだ。そしてその存在を知っていたり、興味を持っていたり、見た事がある、ということを大人の前で言うことは絶対のタブーであり、例えどのような苦痛に満ちた拷問であっても、そしてそれが死をもたらす事があったとしても、決して口にしてはならない、というのはオレ達子供にとっては暗黙の鉄則だったのだ。
「エエエーーッ!ホントーッ!?」「ホントにエッチな本なのーッ!?」「ギャハハ、エッチな本だってーッ!」
『エッチな本』という魔法の言葉でオレ達は猿山の小猿のようにぎゃあぎゃあ喚きまくった。今なら考えられないが、小学生の男の糞ガキなんざこんなもんである。
ひとしきりゲラゲラ笑った後、中の一人が言った。
「…ねえ、その本まだ落ちてるかな?」「あるんじゃない?きっとあるよ!」
小学生というのは何の根拠もないのにむやみやたらと確信するものなのである。
「ねえ…探しに行こうか!?」「ウププ!エッチな本探しに行く?」「行こうよ行こうよ!」
未知の世界に対するピンク色の稚拙な妄想を溶岩のようにたぎらせ、オレ達バカガキどもは声を合わせて頷いた。
「探しに行こう!」「エッチな本を!」
そしてオレ達の冒険の旅が始まったのだ。(おい)

何故その日オレと友人達の”旅の仲間”が徒歩で出掛けることにしたのか憶えていない。ちょっとした距離があるのはわかっているのだから、自転車で出掛けるのが順当のはずだ。にも拘らず、オレと”旅の仲間”は『エッチな本』を見たという友人を先導にして、『聖杯探求』ならぬ『エロ本探求』に出掛けたのである。その行き先に待つのは桃源郷シャングリ・ラか、滅びの山オロドルインか。

一本道の国道にそって、”旅の仲間”は歩き続けた。なにしろ歩いた。国道の片側は粘土質の痩せた土地に生える熊笹の原野がどこまでも続いていた。もう片側には昆布漁のために敷き詰められた砂利の広場と、その向こうには銀色に輝く寒流の海。漁家とその作業小屋がぽつぽつと建っている以外は建物はなく、人の姿も車の影すらない、物寂しい風景が前にも後ろにも広がり、その風景は歩いても歩いても変わらなかった。

最初は、意気揚々としたものだった。『エッチな本』はどれだけエッチなのか?どれだけドスケベなのか?エロなのか?しょーもない幼稚な妄想を膨らませ、小学生の思いつくあらん限りの下品な話にゲタゲタ笑い、同級生の女の子のあんなことやこんなことをヒソヒソと話し、全ての話には尾鰭が付き、『エッチな本』はいつの間にか『物凄いエッチな本』となり、更に『物凄い大量のエッチな本』と話は大きくなっていった。
そして”旅の仲間”は歩き続けた。

(続く)