エヴリシング・バット・ザ・ガール、そしてネオ・アコースティック・ムーブメント (2)

チェリー・レッド・フォー・カフェ・アプレミディ

チェリーレッド・フォー・カフェ・アプレミディ

チェリーレッド・フォー・カフェ・アプレミディ

今ここにあるのは『チェリー・レッド・フォー・カフェ・アプレミディ』と名付けられたチェリー・レッド・レコードのコンピレーション・アルバムである。その殆どは前回紹介したベン・ワット、トレーシーソーン、エヴリシング・バット・ザ・ガール、そしてトレーシー・ソーンが最初在籍していたバンド、マリーン・ガールズのトラックで占められている。他の曲も80年代当時発売され話題を集めたチェリー・レッド・レコードのコンピレーション、『Players & Pillows』収録のものなのではないかと思う。フェルト、アイレス・イン・ギャザ、モノクローム・セットなど、マニアックなファンを持つバンドの音源も収録。個人的にお気に入りなのはJANEの”IT'S A FINE DAY”だ。女性ボーカルのアカペラで歌われるこの曲はハミングを織り交ぜたどこか子守唄のような響きのチャーミングな曲だが、後にOPUSⅢというクラブユニットの手によりダンス・チューンとして生まれ変わりヒットを飛ばしていた。

■Jane - It's a Fine Day
まさかJANEのPVが見つかるとは思わなかった。このスカスカ感。マーケットもビジネスも関心のないような、こんなどこまでも個人的な音が当時のチェリー・レッドをはじめとするインディーレーベルの特徴だった。

■エル・フォー・カフェ・アプレミディ

エル・フォー・カフェ・アプレミディ

エル・フォー・カフェ・アプレミディ

チェリー・レッドのスタッフであった才人マイク・オールウェイが独立し、立ち上げたレーベルが”エル”である。どこかセンシティヴで壊れそうな曲の多かったチェリー・レッドと比べ、ヨーロッパの匂いの強いエレガントで陽性の王道ポップ・ミュージックをリリースしていたようだ。オレはそれほどエルというレーベルには思い入れは無かったのだが、ここから輩出されたルイ・フィリップ、キング・オブ・ルクセンブルグあたりはよく聴いていた。このコンピレーション『エル・フォー・カフェ・アプレミディ』はエル・レーベルを俯瞰する意味では良質のコンピレーションであるが、多少癖は強いが聴きやすい曲が多く、ロック的なこだわりがそれほど無い分イージーリスニング的なカフェ・ミュージックとしても機能が高いと思う。2、3気になった曲を紹介すると、M2のカーテン(マーデン・ヒル) は曲調が完全にバート・バカラックへのオマージュになっており、M5のビドはモノクローム・セットの人。M21サイモン・ターナーの” アンディー・ウォーホル”はデビッド・ボウイのカヴァーである。
これらチェリー・レッドにしてもエルにしても、90年代の日本の所謂”渋谷系ネオアコに大きな影響を与えたレーベルだと言われている。ただオレはこの辺には特に興味が無かったので”渋谷系”については割愛させていただきます。

■その後のベン・ワット、EBTG
ベン・ワットはトレーシー・ソーンとプライベートでもパートナーとなるが、2002年ベストアルバム《Like the Deserts Miss the Rain》をリリースした後EBTGは休止期間に入る。トレーシーが育児に専念したいという理由が一般的なようだ。2005年にはこれまでのEBTG作品のクラブ・ミックスを収めた《Adapt Or Die "10 Years of Remixes"》をリリースするが新作の話はまだ聞かれない。オリジナル・アルバムとしては最後になる《Temperamental》以降、クラブ《LAZY DOG》でのDJプレイを収めたCDを2作リリースした後ベン・ワットはそれまで傾倒していたクラブ・ミュージックのレーベル《Buzzin' Fly》を自ら立ち上げる。これらはハウス・ミュージックを基本としたものであるが、ベン・ワットの持ち味であるナイーブでセンシティブな感触は健在だと思う。
アコースティック・ミュージックから何故クラブ・ミュージックへと方向転換したのか、というのは、それはアーティストとして、そして人としての成熟なんだろうとオレなんかは思う。ロック・ミュージックとは青年期の世界との葛藤が生み出すものだ。そしてミュージシャンとして熟練してゆく過程でそのモチベーションは昇華あるいは消滅してゆくものなのだ。その後どうするか、はアーティストによるだろう。モチベーションはなくとも音楽家としてのテクニックだけでその後も音楽業界でビジネスとしてアルバムをリリースし続ける者もいるだろう。だがベン・ワットはクラブ・ミュージックの中に新たな自らの可能性を見出したんではないかと思う。EBTG自体も、その活動期間の中でゴージャスなストリングス中心の作風から初心に戻ったようなアコースティックに拘った作品を生んでいたぐらいだ。つまりはEBTGの、ベン・ワットの、己のモチベーションにあくまで真摯であり正直でい続けようとした結果が後期のクラブ・ミュージック路線だったのではないか。そしてオレは、ミュージシャンとしてのキャリアよりもそのようを変節をあえて選択する彼らの音楽的スタンスに実に信用できる物を感じるのだ。オレはいつかまた、新たな作品がリリースされるまで、EBTGの二人を待ち続けていたいと思う。
(とか思ってたらトレーシー・ソーンのニューアルバムが発売されるみたいですね。↓■試聴

Out of the Woods

Out of the Woods

■Buzzin'Fly Recordshttp://www.buzzinfly.com/buzzed.html
■ベン・ワットによるクラブ・プレイのCD

Lazy Dog

Lazy Dog

Lazy Dog 2

Lazy Dog 2

Buzzin' Fly Volume 1

Buzzin' Fly Volume 1

Buzzin Fly 2

Buzzin Fly 2