エヴリシング・バット・ザ・ガール、そしてネオ・アコースティック・ムーブメント (1)

■80年代のネオ・アコースティック・ムーブメント
ひさびさにチェリー・レッドのコンピレーションを聴いた。素晴らしい。”瑞々しい”という言葉まさにそのままに、美しく繊細なメロディと情感溢れる歌声が痛いほど胸に突き刺さる。アコースティック・ギターの音色というのはこうまで透明で硬質であったのか。そしてどの曲も煌くように孤独だ。孤独とは青春期の熱病であり、その孤独は他者を求める心の渇きだ。しかし彼らは決してそこでうずくまり閉じこもったりはしない。歌声が風に乗り空へ消えてゆくように、彼らもまた軽やかに自らの悲しみから歩み去る。何故なら、音楽は、歌うことは、孤独を悲しみをストロークの中に刻み付けながらも、そこから解き放たれる為にあるのだから。
チェリー・レッド・レコードは80年代UKインディペンデント・レーベルの中ではフォークソング寄りの音源を多数リリ−スしていたレーベルだったと思う。これらは《ネオ・アコースティック・ムーブメント》と呼ばれ、所謂アコースティック・ミュージックのニュー・ウェーブ的解釈と取れるが、ラフ・トレードやファクトリーの斬新でアート志向の強いニュー・ウェーブ・ロックと比べるとどことなくコンサバティブな音のように聴こえたのは確かだ。そのせいでチェリー・レッドの名盤オムニバス『Pillows & Prayers』は聴いたけれども当時はそれほどバンドを追いかけたりはしなかった。この頃は他にもプレファブ・スプラウトやドリーム・アカデミーなどユニークなポップ・バンドが出ていて、そちらのほうをよく聴いていたように思う。

■ベン・ワットの登場
しかしそんなチェリー・レッドの中で、ベン・ワットの歌声は別格だった。アルバム『ノースマリン・ドライブ』、さらにラフ・トレードの至宝ロバート・ワイアットとのコラボ『サマー・イントゥ・ウィンター(現在はCD『ノースマリン・ドライブ』にボーナス・トラックとして収録)』、この2枚のアルバムの寂しげでメランコリックなメロディ、透明で硬質なギターとピアノの響きはこれを聴いていた当時のオレの心象風景の一つにさえなっていた。生ギター、フォークソング、というとどこか生々しい心情を歌ったものの様に捉えてしまうが、ベン・ワットの曲はそこから一歩引いた、”批評されたフォークソング”として機能していたと思う。押し付けがましくなくただそこに佇んでいるかのようなささやかさ。アコースティックとは書いたが実は録音には微妙なエフェクトのスパイスが加味され、そこがニューウェーブ的だったのだと思う。

エヴリシング・バット・ザ・ガール
このベン・ワットと同じくしてチェリー・レッドからデビューしたトレーシー・ソーンは実はオレは苦手だった。女性的な情念が強く感じられてオレには重かったのだ。しかしこの二人は意気投合し、フォーク・デュオを結成することになる。エヴリシング・バット・ザ・ガール(EBTG)である。コール・ポーターのスタンダードをカヴァーしたファースト・シングル『ナイト・アンド・デイ』はベン・ワットのメランコリックさにトレーシー・ソーンの暗さがブレンドされ、心を掻き毟る様な切なさに満ちた名曲として完成された。しかしその後ワーナー傘下に立ち上げたブランコ・イ・ネグロから発表された1stアルバム『エデン』はジャジーな音の厚さに戸惑いを覚え、その後暫くEBTGを聞くことは無かった。
Everything But The Girl / Night And Day シングル盤ジャケット)

しかしその後大胆にもクラブ・ミュージックに接近、アルバム『Walking Wounded』『Temperamental』を発表する。それまでのファンからは嫌われたようだが、オレは物憂いがしかしダンサンブルなその曲調のユニークさに諸手を挙げてEBTGを受け入れた。そしてそこから過去の作品を振り返ってゆき、もう一度EBTGを再発見、再評価して現在はすっかりファンの顔をしている。EBTGはロックなのかフォークなのか?という問いがあるが、ジャンル分けの是非は別として、オレはEBTGはしっかりとロックなんだと思う。それは自らのスタンスに常に批評的だからである。ゴージャスなストリングスやアコースティックギターの曲は一見耳障りがよいが、その裏にはどこか暗く寂しげな視線がいつも付きまとう。この小さな棘のようないたたまれなさがEBTGなのであり、そしてロック・ミュージックの本質なんだと思う。そしてその闇に灯る狐火のような暗さと煌きは、望まずとも孤独というものを知ってしまった人間の心にはあたかも掌の上で溶けてゆく雪の結晶のように沁みるのである。

次回も続きます。

NORTH MARINE DRIVE

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A Distant Shore

A Distant Shore

Walking Wounded

Walking Wounded

Everything But The Girl - On My Mind
デビューしたての頃のEBTGの音。ビジュアルに華はないかもしれない。しかしベン・ワットのうつむきふて腐れた様な表情、トレイシー・ソーンの固く結ばれた口元、実はこれらにEBTGの原点があるのではないかと思う。