『未来という名の廃墟』を写す写真家:ジョナス・ベンディクセン

■Satellites: Photographs from the Fringes of the Former Soviet Union / Jonas Bendiksen

Satellites: Photographs from the Fringes of the Former Soviet Union

Satellites: Photographs from the Fringes of the Former Soviet Union

旧ソ連カザフスタンには通称『Spaceship Junkyard=宇宙船スクラップ置き場』という場所が存在する。バイコヌール宇宙基地から打ち上げられた軍事衛星から切り離された大気圏離脱ロケットブースターや燃料タンクが地上に散乱した場所を指している。
これら”宇宙船スクラップ”からは毒性の強いロケット燃料が流出し、周辺は汚染地域と化し、周囲の住人を危険に陥れているが、一方、地域の屑鉄ディーラーは貴重な金属であるチタン合金をこの残骸から回収し、高値で売り飛ばしているという。そして付近の子供達もまた、この宇宙船スクラップから金属を剥ぎ取り、鍋や道具にしているというのだ。


○EurasiaNet Culture - Photo Essay: Kazakhstan's Spaceship Junkyard
http://www.eurasianet.org/departments/culture/articles/eav041902.shtml#



最先端の宇宙テクノロジーが卑俗な生活と経済によって解体され、軍事目的に開発されたものが鍋釜へと陳腐化することの皮肉。
写真では、ロケットの残骸とそれに忍び込み金属片を盗み出す屑鉄ディーラー達が写されている。そしてその情景の中に無数の羽毛のように漂うものは、汚染された草原一杯に乱舞する蝶の群れなのだ。この悪夢と喜劇、生命と死、美と賤がない交ぜになった映像を鮮烈に捉えたのがこの写真集のフォトグラファー、ジョナス・ベンディクセンである。
ノルウェー生まれでロシア系ユダヤ人の血を引く彼は幼い頃から親類に聞かされていた崩壊前後のソ連/ロシアの姿に興味を持ち、19歳でロシアに渡りフォトジャーナリストとして活躍していたという。現在、ロバート・キャパ等が設立したフォトジャーナリスト集団『マグナム』の最年少の準会員である。


この写真集『Satellites: Photographs from the Fringes of the Former Soviet Union』では先のSpaceship Junkyardの光景のほか、どことも知れぬロシア地方都市の、まるで廃墟と見まがうばかりの集団住宅の情景、そこに住む人々のうら寂しい生活の様子、降り積もりあたり一面を覆う白く陰鬱な雪…などが収められている。共産主義が鼓舞した未来と理想へのスローガンは、結局はこれら崩壊を待つ瓦礫の中での生活しか残さなかった。それは未来という名の廃墟。しかしその映像はどこか幻想的であり、何か夢の光景のようでさえある。ジョナス・ベンディクセンの写真が他のフォトジャーナリズム写真と一線を画しているのは、このガチガチのリアリズムに拘泥しないどこか詩的で神秘的なセンスによるものだろう。これは彼のロシア系という出自が、かの国に訪れた彼に望郷に似た憧憬を覚えさせたからなのかもしれない。


写真集には他にもパレスチナガザ地区パレスチナ難民を扱ったもの、旧ソ連から分離独立した群小国家を訪れて撮影したものなどが収められている。これらに政治的な意味を見出すことは簡単だが、オレはむしろ撮影者が”辺境”や”異邦”というものに奇妙に魅せられているからなのだという気がする。
今まで自分の日記では下手の横好きでわかりもしないのに幾つかの写真集を取り上げてきたが、このジョナス・ベンディクセンの写真集『Satellites』にはこれまでにない、なにか心を強く捉えて離さないものを感じる。一度手にとって御覧になっていただきたい一冊です。


オフィシャルHPhttp://www.jonasbendiksen.com/front.html
バイオグラフィーhttp://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/bej/index.html
マグナム・フォト東京支社http://www.magnumphotos.co.jp/