グラックの卵(未来の文学アンソロジー)

グラックの卵 (未来の文学)

グラックの卵 (未来の文学)

浅倉久志氏によるユーモアSFを編纂した短編集ということですが、どちらかというとSFなのかなんなのかジャンル分けに苦しむ、さらにユーモアというほど笑えるかどうか判らない、”奇妙な味”な作品が半数を占めています。作品を紹介してみましょう。


■見よ!かの巨鳥を!/ネルスン・ボンド
「そう、あの日望遠鏡を覗いたら、冥王星の軌道上に巨大な鳥が飛ぶのを発見したのです。」
木星よりも巨大な鳥が宇宙空間を羽ばたきながら地球に向ってる!荒唐無稽ここに極まれり、である。んなアホな話あるかい!である。もうこれだけで思考停止してしまいそうなおはなしである。もうどうとでもしてくれ、という感じである。そしてその理由というのが実にふざけていて…。ああ…。アンソロジー中1、2を争う馬鹿馬鹿しい傑作。
巨大度★★★★★★★★★


ギャラハー・プラス/ヘンリー・カットナー
「二日酔いの頭を抱えながら目を覚ますと、庭には巨大な穴が穿たれてて、訳の判んない機械が土を飲み込んでいたのさ。」
酔っ払うと天才発明家になる主人公と相棒のナルシストなロボットのどたばた話。もうこのキャラだけで十分物語が立っている。このコンビのシリーズもあるのだとか。面白そう。A〜Zまでの名前の酒を呑み尽くす、って一回やってみたい。ちなみに作者ヘンリー・カットナーは「大宇宙の魔女(シャンブロウ)」の作者C・L・ムーアの旦那!
ボクって美しいロボット度★★★★★★★★


■スーパーマンはつらい/シオドア・コグスウェル
「俺はスーパーマン。こいつもスーパーマン。あいつもスーパーマン。みんなスーパーマン!」
スーパーマンはスーパーだけに一般人のように車乗ったり飛行機乗ったりするわけにゃあいかんのである。ホントはそのほうが楽なんだが。しかし「スーパーマンがいっぱい」ってそれは今だと「X−MEN」ということになるんだろうな。だからこれ今読むと「要するにX−MENじゃん」ということになって特に新鮮じゃなかったのが残念!
男はつらいよ度★★★


■モーニエル・マサウェイの発見/ウィリアム・テン
「ああ。才能ゼロの絵描きの友人のところにタイムマシンで未来人が来て「あなたの絵は最高です!」とか言った日にゃあ、「嘘だろ」って思ったよ。」
時間SFですか。似たような題材でテリー・ビッスンの「未来から来た二人組」(『ふたりジャネット』収録)ってのがありましたが、あっちのほうがラブリーな話だったなあ。比べちゃうとどうしても落ちちゃうね。
芸術派は爆発だ度★★★


■ガムドロップ・キング/ウィル・スタントン
「あのね。お空からね。円盤に乗ってお友達が降りてきたの。どこかのお星の王様なんだって。」
小さな子供と小さな宇宙人のファンタジー。悪くないがちょっと小品すぎるか?
虫歯が痛い度★★★★★


■ただいま追跡中/ロン・グーラート
「俺は探偵だ。俺は今駆け落ちした娘を探し出す依頼を受けて、とある星系にやってきている。ところが…。」
人探し中の探偵のドタバタ珍道中。ローレル&ハーディーみたいな昔懐かしいアメリカのスラップスティックコメディを思わせる物語。またもやアホな人工知能が出てきてお話をかき混ぜる。展開が無理矢理な気もするが。
AI狂ってます度★★★★


■マスタートンと社員たち/ジョン・スラデック
「俺は事務員。何の仕事をしてるのか良くわからないが兎に角事務員なんだ。俺の同僚も社長も変な奴ばっかり!」
ちょっと奇妙で不条理な謎の会社の事務員たちのお話。会社の日常的な瑣末な光景をアンプで増幅したみたいに極端で大げさに歪ませるとこんなお話になるのかな。文章はとっつき辛いが、段々狂騒的にハチャメチャさとシュールさが増してゆくところが○。ただちょっと長いかも。
作業効率度★★★★★★★


■バーボン湖/ジョン・ノヴォトニイ
「全く女房連中は判っちゃいねえ。酒場も無い土地に旅行だと?とか思って森に入ったら…。」
そう。森に入ると、そこにはバーボンをなみなみと湛えた湖が広がっていたのである。なんというか飲兵衛の願望と妄想をそのまま小説にしたような実にしょーもなーいお話である。もはやSFでもなんでもない、小噺の世界である。このとぼけたアホらしさは「頭山」みたいな日本の落語に通じるところがあるかもしれない。
呑めや唄えや度★★★★★★


■グラックの卵/ハーヴェイ・ジェイコブズ
「その教授は僕に《グラック》の卵を託したまま亡くなってしまった。しかしこの卵を狙う怪しい奴が僕の様子を伺っているみたいだ…。」
絶滅種の鳥《グラック》の卵を巡るドタバタ騒動。詩的で凝った文章と一筋縄でいかない登場人物たち、それに振り回される主人公。好色でこってりしたキャラが次から次と現れるのでちょっと胸焼けする読者もいるかも。感動的なのかそうじゃないのか良くわからないラストもやっぱり変!
サニーサイドアップ度★★★★★


決してつまらない訳ではないのですが、癖のある短編が多いのは確か。ただ、普通の短編集に収まりづらい作品を集めるというのが編者の目論見だったのでしょう。以前刊行された『ベータ2のバラッド』もそうだったけど国書刊行会のSFアンソロジーはマニア向けコレクターズアイテムって感じなのかも。
という訳で最後に締めの言葉は日本ハチャハチャSFの第一人者、横田順彌にならってこの言葉を。「奇絶!怪絶!また壮絶!!」