アラビアの夜の種族 / 古川日出男

アラビアの夜の種族 III (角川文庫) アラビアの夜の種族〈2〉 (角川文庫) アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)
安寧の中で繁栄を謳歌するイスラム社会に危機が迫っていた。ヨーロッパの異教徒達が艦隊を組みこの地へと侵略しに来るというのだ。近代兵器を操る異教徒達に力で応戦しても勝ち目は無い。そう気付いた一人の首長がある奇策を巡らすことになる。


首長の右腕なるお抱え奴隷が言った。
「かつてそれを手にしたものを破滅に追いやる魔に満ちた存在がございます。」
「なんだそれは。」
「それは…《あある・ぴい・じい》と呼ばれております…。」


そう。それはかつて遥か極東の地に存在していたという大魔術師ニン・テン・ドー、そのニン・テン・ドーが生み出した最も強力な魔術《あある・ぴい・じい》の秘儀を伝えるものであった。そこから繰り出されし魔獣”ハマール”と”ヤリコミー”に魅入られたものは寝食を忘れそれに没頭し、日常生活は破綻し思考は”げいむのう”と化し、遂には破滅へと至る災厄の魔術。かつては一国の主でさえその魔力に”ハマール”し、猿の如く”ヤリコミー”を繰り返した挙句何処かへと消えたというまさに禁断の秘儀。


「その魔術《あある・ぴい・じい》が籠められた魔具《ハミコーン》をかの異教徒の王に献上するのです。《あある・ぴい・じい》の魔力にかかり”ハマール”と”ヤリコミー”に魅了され、この世界から逃れられなくなった異教徒の王は侵略することさえ忘れてしまうでしょう。」
「ううむ…。げに恐ろしきは《あある・ぴい・じい》…。しかしそれはいったいどのような…。」


そして語られる恐るべき物語、その名は《アラビアン・ナイトブリード ゾハルの迷宮》。千年の昔地中に作られた魔のダンジョン。そこに眠る呪われた魔王と地獄の眷属を打ち倒すために勇者が血塗られた冒険を繰り広げるという一大幻想譚。これがゲーム『アラビアの夜の種族』であるっ!(おい。)


と言う訳でRPGのリプレイブックみたいなお話です。作者の古川日出男ウィザードリィやダンジョン・マスターみたいなスラッシュ&ハック系ダンジョンRPGの大ファンだった、と勝手に決めつめることにしました。ナポレオン率いる大艦隊の侵略を書物でもって退ける、という着想は面白い。そしてその書物とはかつてそれを読むものを虜にし破滅へと導いた『災厄の書』。ただし、呪いがかかっているとかそういうことではなくて、物語それ自体に現実から遠ざかってしまうほどの魔術的な魅力が秘められている、ということらしい。


物語はナポレオン軍を退けようと画策するアラブのある首長と、その要となる『災厄の書』の内容が語られ、物語内物語の構造をなしていますが、なにしろ「破滅するほど面白い」物語が語られなければならないわけで、随分風呂敷広げたよなあ。オレ自身は読んでも破滅はしませんでしたが、なかなか楽しめました。ただこれ、古川日出男氏が「アラビアン・ナイトブリード」という編者不明の物語を翻訳したもの、ということが語られてますが、実際はそれもフィクションで、物語内物語内物語というメタなお話なんじゃないのかな。よく指摘される独特の文体は『千夜一夜物語』風の御伽噺のようなテイストを出したかったからか。後半は沢山の展開を盛り込みすぎてちょっとお話がくどくなったかも。無常感溢れるラストはよかった。