隣りのマフィア / トニーノ・ブナキスタ

 ISBN:4167705052
ブルース・ウィルス主演で『隣のヒットマン』なんて映画がありましたが、あれとは全くの別物。そしてあの映画とは比べ物にならないぐらい楽しめるお話でした。


舞台はフランスの小さな町、ここに越して来たある家族は実は証人保護プログラムによりアメリカから移住してきたマフィアの幹部の一家だったのです。元マフィアの旦那とその妻、その子供である姉弟が起こす騒動を描いたコメディタッチの物語です。


主人公の元マフィアはひょんなことから近所で小説家扱いされ、そして今までメモ以上の文字など書いたことも無いのに突然自らのマフィア人生を振り返った自叙伝を書き始める、なんて設定からまず可笑しくなってきます。小説家として地元の名士扱いをされるようになった彼は、映画の上映会で講義を求められ勇んで出掛けますが、手違いで上映された映画がなんと『グッド・フェローズ』!!論評を求められた彼は元マフィアであることを隠さなければならないにも拘らず、ここぞとばかりに「マフィアとは何か」について熱く熱く語り始めます!噂を聞きつけて町中の住人達が集まり始め、拍手喝采で成功を収める場面は大爆笑ものでした。


彼の家族の面々も凡庸な一般人たちとは違う、一筋縄ではいかない個性で際立っています。家族誰もが法や理は自分の側にある、という、選ばれたものだけが醸し出す振る舞いと行動を起こしますが、それは常にマフィアファミリーの中心にいた夫や父の、人を惹きつけ牽引していく魅力や権力の掌握法を知らずに身に付けていることにより成せる技なのでしょう。なにしろシメるは”のす”はヤキは入れるわで、もう大変!これはそういった、”ちょっと変わった家族”の物語として読むことが出来、その各々の愛憎が物語に膨らみを持たせています。また、イタリア系のこの家族の食卓や話題に上る食べものの美味しそうなこと!そういったイタリア食文化に触れるのもこの物語の楽しみのひとつであるでしょう。


物語は中盤、隠し通していた家族の正体が、彼らに煮え湯を飲まされたマフィアの幹部に知られる事になるいきさつが語られますが、これがまた面白かった。フランスから遠くアメリカのマフィアにどのようにして正体が伝わっていったのか、これが「風が吹けば桶屋が儲かる」じゃないですが、些細な事実が連鎖反応を起こし、東南アジアまで経ながらアメリカへと伝わってゆく長い長い描写がとても上手い。この描写に限らず、ちょっとした含蓄が籠められた心憎い表現の文章が多くて、作者の力量を伺うことができます。


そして終盤、遂に最強のヒットマン集団が 一家をこの世から無きものにしようとフランスへと上陸し、爆風硝煙吹き乱れるアクションへとなだれ込んでいきます。はたして元マフィアとその家族の運命やいかに!?とても優れた、そして楽しいエンターティメント小説でした。


それにしても、「ものを書くこと」に自分の存在意義を見つけた、元は悪逆非道だったはずのマフィアパパの、なんとチャーミングなこと。自己言及を経る事によって”自分とはいったいなんだったのか”を発見していくという行為は、同じように「ものを書くこと」に取り付かれたブロガーの皆さんにも、身につまされる部分があるのではないでしょうか。


作者であるトニーノ・ブナキスタはフランスのミステリー作家・脚本家。日本では映画『リード・マイ・リップス』『真夜中のピアニスト』などの脚本で知られているようです。なるほど、映像的でテンポの良い物語運びはこの辺にあったのかもしれませんね。