いずくんぞ鴻鵠の志を

差し歯の前歯が抜けたのである。
そして前回抜けたのが去年の春だということに気が付いたのである。
春になると抜け替わるオレの差し歯。
やはり啓蟄の季節たる所以であろうか。
暖かくなると虫たちが蠢くが如く、オレの差し歯にも蠢きたいと思わせるなにかがあるのだろうか。
フモいずくんぞ差し歯の志を知らん、である。


オレの差し歯がつらい時、苦しい時、オレは差し歯のことを判ってあげようとしただろうか。
手を差し伸べてあげようとしただろうか。
抱きしめて、大丈夫だよ、と言ってあげていただろうか。
いやない。
オレは差し歯の気持ちなど何も考えずに、ピザやフレンチフライやフライドチキンを食っていたのだ。
ミックスナッツや6Pチーズや魚肉ソーセージやベビーサラミやチーカマやニューコンビーフや(もういいって)(しかしみんな酒のつまみかよ)
すべてはオレの責任なのだ。
今、オレはオレの差し歯に謝りたい。
すまなかったと言いたい。
そして、もう一度出直そう、と声をかけてやりたい。
そして、オレと差し歯との、新たな明日が始まるのだ。