天切り松 闇語り 第3巻 初湯千両 / 浅田次郎

天切り松 闇がたり3 初湯千両 (集英社文庫)

天切り松 闇がたり3 初湯千両 (集英社文庫)

大正時代を背景に「目細の安」を親分とする義賊集団を主人公とした連作短編集。


これまで3巻読みましたがどれも心憎いぐらいに文章が面白い。物語は基本的に人情話なんですが、貧しさの中で精一杯生きようとする人間たちの哀歓が泣かせます。そして「目細の安」一家の各キャラがとても立っている。こんな泥棒たちが本当にいたんでは…と思わせる筆力が凄い。登場人物も揮っていて、永井荷風森鴎外竹久夢二など、錚々たる面子が脇役として登場。


物語は現代に生き残る「目細の安」一家の一人”天切り松”が、官憲の要請で留置所に入ってはその雑居房の住人たちにかつての任侠の世界を語って聞かせるという仕組み。大正ロマン漂うその任侠の世界は仁義と男気溢れる日本流ダンディズムの世界。いやァ、これがまた惚れ惚れするほどカッコイイいなせな男たち(そして小股の切れ上がった女たち)の世界なんだァ。ま、男気ってェいうのは”痩せ我慢”の世界でもあるってことなんだけれど、”筋を通す”っていうのはどこかで無私なストイシズムがなけりゃあできっこない、ってことなのかもしれない。これが逆に何でもアリの現代との対比を生んで、その時代の男たちの生き様を鮮烈に浮き彫りに出来るんだろう。


さて、なにより面白いのは語り部である”天切り松”のその語り口調。江戸弁を使った五・七・五の口上はテンポがよく小気味いいリズムで読むものを引き込むが、これ、巻末の十八代目・中村勘三郎氏の解説によると、江戸歌舞伎河竹黙阿弥のものなんだってね。

黙阿弥の歌舞伎の特徴は、「黙阿弥調」と称される「つらね」や「七五調」を多用した華麗な台詞にある。内容的には白浪物(盗賊が主人公となる)を得意としたが、そこに登場する悪人たちは、むしろ小心で因果に翻弄される弱者である。鶴屋南北と比較されることが多いが、ふてぶてしい悪人が登場する南北の歌舞伎との大きな相違点である。
河竹黙阿弥 出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%AB%B9%E9%BB%99%E9%98%BF%E5%BC%A5


オレは歌舞伎なんぞのことはよくわからんが、こうしてみるとこの『天切り松 闇語り』シリーズが河竹黙阿弥の世界を現代に甦らそうとしているのがよくわかる。原典こそあたれはしないけれど、その楽しさは伝わってくるもの。


そしてやっぱり江戸弁のサクサクパキパキした響きが心地イイんだァ。オレの出自は道産子であるけれど、もはや東京での生活年数が北海道に住んでいた年数を追い越しちゃってて、半分は東京の人間の振りをしてるが、やっぱり江戸っ子みたいな立ち振る舞いは出来ないもの。ただね、確かに東京は今や殆どがもと地方出身者の生活する場所ではあるにせよ、東京という土地の文化や歴史はどこかで尊重するべきだと思うのよ。それを忘れたら住んでる土地に失礼だと思うんだ。江戸っ子にはなれないし、なることもないとも思うが、その心意気がどんなものなのかは理解したい。オレが一時江戸文化に興味を示していたのも、オレなりにここで長く暮らす人たちへのリスペクトでもあったんだ。


ちなみにこれを貸してくれた『う』は江戸っ子気質の鯔背な若い衆である。江戸っ子、というより高野山くずれ、と言ったほうが正確かもしれんが…。


おまけ:あなたの江戸っ子度チェック! http://edo400.net/tips/?PID=0400021