くじ / シャーリイ・ジャクソン

くじ (異色作家短篇集)

くじ (異色作家短篇集)

早川異色作家短編集6巻目はシャーリイ・ジャクソン。(5巻目はまたあとで。)表題作「くじ」は有名な短編であるようだが未読であった。他にも長編では『山荘綺談』…すいません、読んだ事がありません…。翻訳は深町真理子さんであるが、深町さんの解説を読むとこの翻訳はこの方の処女翻訳だったらしく、大変思い出深い短編集であることが書かれていた。当時SFマガジンの編集長であった福島正実氏から推挙されたのだとか。オレは深町さんといえばなぜかS・キングの翻訳が真っ先に思い浮かぶなあ。今回の再版に関しては全面改訳されているらしい。


作品のほうは極短い短編が多い。そしてどれもが何かが始まるわけでも事件が起こるわけでもなく、殆どがありふれた日常の光景とありふれた人たちの短い会話のみで綴られ、そして特にドラマチックな結末を迎えるわけでもないまま物語は終わる。それを”物語”と言っていいのかどうか判らないぐらい、そこで起こる出来事は瑣末で微細である。しかし、短く切り取られたそのありふれているはずの日常の断片は、読み終わった後に妙な違和感や異物感を残すのだ。シャーリイ・ジャクソンの読み所はそこなのだろう。


その違和感、異物感とは登場する人物たち同士の行動、会話に存在する、気づくか気づかないかという程の小さな棘。しかしどれほど細く短い棘であろうと、その痛痒感は識閾下で登場人物と読むものをゆっくり苛んでゆく。怒りというほどの怒りも、暴力というほどの暴力も、ここでは描かれない。しかし荒廃や虚無の小さな小さな兆しが、はるか遠くで鳴る雷鳴のように、うっすらとした不安を心の隅に刻み付ける。


このゆっくりと息を失ってゆくような窒息感を生む筆致は、言葉の端端や何気ない行動に注目する、女性ならではの細やかさなのではないか、と思ったのですが、…あの、シャーリイ・ジャクソンって女性ですよね?


あまりに短い作品が多いので内容には触れられませんが、どの作品も甲乙付けがたい魅力に満ち、作者の一貫した手腕を感じます。『人形と腹話術師』のなんともいえないオチは心に残るし、『曖昧の七つの型』では本好きの方は「うううっ」っと暗く呻く事請け合いだと思うし、『アイルランドにきて踊れ』はなんとも嫌な気分になるラストだし、『塩の柱』の荒廃感覚は素晴らしいと思ったし、『歯』は歯痛と幻想譚が結びつくと言うウルトラCな作品だし、『くじ』はもう、なんといっていいか、「いやああああっ!!」と叫びたくなるような短編だし…ああ、傑作揃いって事じゃないか!!