チョコレート電撃作戦

オレの妹分のKちゃんがお誕生日だったということだったので、おくらばせながらプレゼントなどを買いにデパートへ赴く。甘いもんがよいと思われたのでチョコレートでよかんべ、とチョコレート売り場に行くと、すっかり失念していたことに今はバレンタイン商戦真っ盛り、数多の年代の麗しき女子たちが売り場という売り場に雲霞の如く群れ集っていたのである。もはやそこはバレンタインデーというよりDデイ、ノルマンディー上陸作戦の連合軍と枢軸軍の血で血を洗う戦場さながらの有様だったのであった。


そんな目の色が紅蓮の炎の色と化した香水かぐわしき女子どもの間を縫って、一人の薄汚い中年のオヤジが闖入したと想像して戴きたい。その日のオレはといえば工事現場の作業着を思わせるくすんだ緑の防寒ジャケット、髪はいつものようにバサバサで、鬱血しているかのようなどす黒い顔にはだらしなく無精髭を生やし、連日の徹夜でどろりと濁った眼は虚ろに血走っていた。


とはいえ、そのようなことで尻を捲くる弱気なオレではない。女子が怖くてチョコレートが買えないなどとはフモ家末代までの恥である。オレはこの怪しげな風体で喧しい女子どもを威嚇し、紅海を割るモーゼの如くその集団に分け入り、まんまと陳列棚の前までたどり着くことに成功したのである。これが皇軍兵士ならトラトラトラと帝国艦隊に打電したことであろう。


さて陳列棚の前でオレはなんとなく商品を眺めていたが、オレは女子の好むものなんぞにいちいち頓着するような軟派な男ではない。棚の向こうで麗しき微笑を浮かべる店員女子を捕まえると「あー、御ねえさん。このオレに一番高いヤツを一個包んでくれないかね。」と豪快に言い放ったのである。そう。男は度胸女は愛嬌、ますらおとして生を受けたものは須らく豪胆に生きることをその本懐とすべきなのである。


すると店員女子、にっこりと笑顔を浮かべると「ありがとうございます。6520円になります。」とおっしゃられるではないか。オレは目を瞬いた。ろ、ろくしぇんごしゃくにじゅうえん!?幾ら飽食の現代とはいえ、高々お子様の食い物である甘味菓子が6520円だとぉおっ!?前日の酒が未だに残っていたのかはたまた2月の寒さが身に沁みたのか、オレの頭は一瞬ぐらりと揺れたのである。そして目を擦りながらよく見ると、そこには確かに¥6520と表示されているではないか。ヤヴァイ。日頃オレの財布には5千円以上の金など入っていないのである。死んだおばあちゃんの遺言なのでしょうがないのである。


しかしそこはオレ、すぐさま気を取り直し、「あー。いや、あの。そうじゃなくて。あの。その一番高いヤツの下のヤツです。下のヤツ。」と当たり障りのない値段の商品を指差す。「あ、はい、わかりました。」と了解する店員女子。こうしてオレの鋭利な知性に裏打ちされたとっさの機転により、恐るべき危機は去ったのである。撤退もまた兵法の一つ。決して男を下げるものではない。そしてオレは胸を張り代金を払うと、1789年のヴェルサイユ行進に参加したフランス人民のように気炎を吐く女子たちでさんざめくデパートを後にして、悠々とフィギュアの散らかる薄暗いアパートへと帰ったのであった。こうしてオレの『2.09チョコレート電撃作戦』は成功裡に終わったのである。