仁義無き戦い/もうほう頂上作戦

そのお客は最初からなんだか怒り狂っていたのである。
オレの会社では輸入貨物の蔵置と搬出を承っている。お客は自分の荷物を今日にでも引き取りたかったのらしいが、肝心の荷物はまだ陸揚げされていないのである。その辺の事情を説明したのだが聞く耳を持たない。しかも外国の方のようで、どうも言葉を曲解しているような節がある。かりかりした挙句、しまいに片言で「テ メ エ バ カ ヤ ロ ウ !!」とまで言われる。馬鹿野郎と言われるのは久し振りである。う〜む。
次の日、本社からオレの倉庫へ連絡が来る。会社の偉いヒトからである。例のお客らしい。荷物が出たらお客に連絡してくださいと。そもそも会社の偉いヒトが直々に対応しているという事は、本社でそのお客が相当暴れられたということに他ならない。確認するために、昨日話を伝えておいた本社受付担当の女子にその後電話してみる。
「来た?どうだったっすか?」「あうう…。フモさんの言っていた通りでした…。」「暴れまくってた?」「ええ…。かなり捲くし立てておりました…。」「どんな人?」「アフロアメリカン系の方で…。」あう。KOKUJINですか。オレの中で怒り狂い熱帯性低気圧のように猛威を振るうボブ・サップの絵が鮮やかに思い浮かぶ
怒り狂うボブ・サップはまずい。もちろん丁重にお扱いするつもりではあるが、ボブ・サップなお客が常軌を逸してしまわれたらどうしよう。というか、既に半ば常軌を逸しているようではないか。まずい。これはまずい。どうにか対処しなければ。
実は日記では偉そうな事を書いているオレではあるが、現実は単なる小心者なのである。怖いことには弱いのである。どうしよう。そう考えるオレの前に、ある男の姿が目に入った。にへら〜と笑いながらくねっているその男。そう、もうほうU君である。
「Uよ。」
「あい?(くねっ)」
オレは事情を説明する。
「と言うわけだ。そのようなお客様が来られるのだが、オレは今日とてもとてもとてもとても忙しいので対応できない。というわけでU君、全ては君に任せた。ヨロシクな。」
「はあ!?」
「これが本当の”人間の盾”と言うヤツだな、わはは。」
「はあああ!?」
恐怖の表情を浮かべるU。オレは続ける。
「Uよ、今が君の男を見せる時だ。」
もうほうに”男を見せろ”という言葉がどういう意味になるのか良く判らないのだが、取り合えずUにゲキを飛ばす。
「Uよ、死に水取っちゃるからな。菊の花も毎日そなえちゃる。」
釈然としない顔で怯えるU。
「まあ、暴力は良くない、暴力は。しかしな、自己防衛は必要かもしれない。」
そしてさりげなく机の中からバールとハンマーを取り出しUの机の上に置くオレ。そして
「いいか!暴力は人間としてサイテーのことだからな!」と念を押す。
「なんですかあこれ!こんなもの出さないで下さいよ!」とU。
「ああそうか。鈍器よりもこっちのほうが…。」とオレはさらにマイナスドライバーを出す。
「だからあ!仕舞って下さいよお!」とU。
やはりラブ&ピースが身の上のもうほうUには武器など論外なのである。見上げた根性である。その頃にはオレの脅しが効いてすっかりあたふたしているUでもあるが。
そのうち派遣のおばちゃんが余計な事を言い出す。
「ねえU君…仲間とか連れてきたらどうしよう…。」
仲間って…。
ボブ・サップが曙を5人、アブドラ・ザ・ブッチャーを5人連れてくるみたいなもんかな。」とダメ押しをするオレ。
「いやあぁあぁあぁ〜〜〜っ!」Uの自我は崩壊間近である。
最後に止めを刺しておく。
「いいか、勝とうと思うな。せめて刺し違えろ。オレ達のような社会の消耗品の合言葉はな、”ホップ・ステップ・玉砕”だ。」もう無茶苦茶である。
そして、5時を回った頃、貨物が入り、お客の携帯に電話する。お客はこれから税関申告である。「お待ちしております。」とオレ。しかし。待てど暮らせどお客は来ない。7時頃。もう一度電話してみる。するとそのお客、もう家に帰ってしまっていて、「ア、遅クナッチャッタカラ、ヤッパリ別ノ日ニスルヨ!」と明るく答えた。
…何ぃ〜!?今日までの騒ぎはなんだったんだお客さん!
本社の女の子とエライ人にその旨連絡。二人とも「何だとォオォォ〜〜!?」と絶句&拍子抜け。
しかし、何よりもオレが残念だったのは、もうほうUの、”男の花道”が見られなかったことだ…。頭の中では、Uの入場テーマまで鳴らしていたのになあ。次に期待するぜ、Uよ。