「う」家再訪

土曜日は密教破戒僧かつ夜の実動部隊、その正体は敏腕営業マン、そしてオレの爛れた仲間でもある「う」の家に行く。彼のPCの具合がおかしいのでちょっと様子を見てほしいというのだ。
彼のマンションに行くと早速「う」が藍染の作務衣と足袋、草履姿という飛騨の山奥の陶芸家のような出で立ちでオレを出迎えてくれた。作務衣(さむえ)はもともと禅宗の僧の作業(作務)着だという話だから、破廉恥破戒僧の「う」が来ているのは至極当然の事では在る。開口一番、「う」の話題は「大工のニッカポッカとトビのニッカポッカはどう違うか」である。さすが、職人をはじめ暴力団や麻薬ブローカー、外国人労働者やホームレスなどに従事する方々に限りない愛情を持つ男の話題だとオレは思った。
PCの調子が悪い原因は大体予想がついている。エロサイトから強制的にD/Lされたアドウェアやインターネット接続先変更ツールや無限ポップ・アップやスパイウェアが起動時に大挙して自動起動しようとしてハングアップ起こしているんである。
しかし今回は手強かった。起動すらしない。「CDから起動させてみるか。リカバリCDある?」「先輩から焼いて頂いた及川奈央の流出裏モノのCDならありますが。」「・・・。」どうやらリカバリしようにもCDが紛失しているようだ。手に負えずファーム送りにしてもらうことにした。
しかし今回目的はもうひとつあった。「う」夫妻に1ケ月前誕生した初めてのお子ちゃま(おにゃのこ)を拝みに行く、という目的であった。しかしオレには危惧があった。幾ら破廉恥破戒僧であり、見た目がどう贔屓目に見てもその筋の方にしか見えない彼ではあるが、子供には罪は無い。しかしその子供に、まだ誕生して1ヶ月だというのにオレみたいな社会性が地崩れ起こしたような胡乱な男の光化学スモッグのようなダーク・フォースを浴びせてよいのだろうか。たとえ冥府魔道の人生を送っていたとしても、オレだって鬼ではないのだ。ましてや相手は女の子である。彼女の往く末が心配だ。
オレは「う」に訊いた。「会っちゃっていいのか?」。「いやあ、確かに心配ではありますが、俺ら邪悪の波動を醸し出す同士のパワーバランスで中和されるでしょうから大丈夫っすよ」と「う」。「なるほど。鬼瓦効果、というヤツか。恐ろしげな形相の鬼瓦ほど、家に寄り付く邪気を祓う、というあれだな。そういえばお前って鬼瓦みたいな顔してるしな」「…先輩、一応これでも人の親なんで勘弁してください…。」と不服そうな顔の「う」。
という訳で奥さんが赤ん坊を抱いてやってきたのだが、おおおなんじゃ、可愛いもんではないか。「う」の赤ん坊が可愛い、というのも何か納得できないものがあるが、それより、赤ん坊を見て可愛いだなんて、オレもまだ人間の心が残っていたのだなグヘヘ、などと思ったのであった。「ウチの旦那、脂っぽいでしょ?この子って、旦那といっしょの脂臭い臭いがするんですよう」と苦笑いしている奥さん。「親父がアブラダコだけに、アブラオヤコになっちまいますね、グヘヘ」と訳のわからないことを言って奥さんの笑顔を引きつらせるナイスなオレ。それでも奥さん気を取り直し、オレに赤ん坊を抱かせてくれる。しかし齢1ヶ月でオレのような雑菌と毒電波と厭世観と得体の知れない動物霊が層を成して取り巻いている悪魔のような人間に抱かれるとはこのコも数奇な運命の第一歩を踏み出したもんである。しかしだからこそ、オレに抱かれたこのコはきっと立派な人間になるに違いない!
赤ん坊の話などいろいろ伺う。もう父親と母親の違いは分かるものなのらしい。気を引こうとするズルイところも、もうあるのだそうだ。いやそれは、賢い、ということなのだろうな。手を触らせてもらうと、小さな赤ん坊なのに、指が長い事に気付く。「指が長いな!このコは将来ピアニストだ!」とか喚くオレ。「…フモさん、きょうび親バカの親だってそこまで単純な発想しないですよ…」と呆れまくる「う」。
将来の大ピアニストのいるマンションを後にして「う」と飲み歩く。下町の気の置けない近所の人達ばかりが来る様な店。チェーン店の居酒屋じゃあお目に掛かれないような地味だが渋い家庭料理風の肴がでてきて唸る。で、「う」を相手に「結婚したら子供を作るべきだ!大変だが楽しい事も2倍だ!」と酔って喚き散らす。ええ、本人は子供どころか結婚さえしてないんですが…見込みさえないんですが…(号泣)。