ゲームのルール

一昨年の話。事務所が合併されて別の事業所の仲間と一緒に仕事するようになり、オレはさっそく可愛い女の子を見つけてウハウハしていた。それしか頭にないのか、と突っ込まれると痛いところであるが、生けとし生ける全ての女子はオレの活力なんである。シンプルでいいだろ?勤続2年目と言う彼女は綺麗な顔立ちであったが、まだ地方から出てきたときの素朴さ残ってて妙にボケかましてる所もあって、面白い子だった。ボケかましている女子はいじるに限る。彼女には《ワッキー》とニックネームを付けてあげた。彼女の事は以前日記に書いた事がある。http://d.hatena.ne.jp/globalhead/20040604いつものオレのオ下劣な話題にもものともせず笑顔で受け答える彼女は素敵な子であった。
ある日オレは彼女をいじるためにゲームを考えた。ゲームの名前は「ワッキーポイント」。オレはゲームのルールを彼女の部署に行って解説する。彼女の部署からオレの部署に仕事の要請が入る。彼女の担当の仕事で、何か早急に終わらせなければならない業務が入った時、オレは彼女に1ワッキー=1ポイントつけることにする。オレは高らかに告げた。「んで、10ポイント溜まったらオレとデート!50ポイント溜まったらオレと温泉旅行!そして100ポイント溜まったら・・・ムフフが待っている!」…無茶苦茶である。そしてもちろん全て冗談である。「ムフフ…ってなんですか!」と彼女。「それはもちろんムフフ・・・だ!ミナまで言わすな!お互い大人なんだしぃ〜〜」とオレ。さらに「あ、もう3ワッキーぐらい溜まってるから」と畳み掛ける。「聞いてないよ!」と呆れた顔の彼女。
ワッキーポイントの存在が部署で公然のものとなり、このワッキーポイントは交換条件の対象になったりもした。彼女の上司の仕事で難題があったあったとき、「FUMOさん悪い、急ぎなんだが…ええと、2ワッキーでどうだ?」「そうですか、上司がそう言うならしょうがないなあ。ね、ワッキー?」。ワッキーに振ると「それ私の仕事じゃないのに不当ですよ!」とむくれいている。ってか、自分の仕事だったらポイント付くのはいいって事なのかワッキー…。
さらにポイントのディスカウントもある。オレの仕事が間に合わず、彼女の仕事に迷惑をかけた時は、それまで溜まってたポイントを割り引くのである。「悪い、迷惑かけたから2ワッキー分ポイント引かさせて貰います。」「ホント!わあよかった」…だから、よかったじゃないだろ、なにこのアホなポイント制を受け入れちゃってるんだよワッキー…。
仕事の内容によってはポイントが多い事もある。「これ、ちょっときついなあ…ちょっとポイント大目になるけど」「えええ!何ポイント!?」「3ワッキーぐらいかなあ」「ダメですよ!せめて2ワッキーぐらいにしてください!」と彼女。…だから…冗談なんだから…ポイント制受け入れてんじゃないっての。
別にマジやってる訳でもないのでポイントなんぞ本当は数えてる訳がない。適当な頃、「ねえもう10ワッキー溜まったけど、デートは?」と訊くと「うーん…、ダメダメ!ダメです!」…一瞬考えるなって…。
そしてついにある日50ポイント溜まる日がやってきた。というか溜まった事にした。昼休み彼女の部署に行って高らかに告げる。「ワッキー、遂に50だ!50ワッキーは温泉旅行!今度の連休はオヂサンと日光のひなびた温泉街で…二人しっぽり水入らずだ!」「ええええ!もう溜まったんですか!早すぎます!そもそもしっぽりってなんですかしっぽりって!」「溜まったもんはしょうがないじゃないか!運命を受け入れるんだ!」「でも私ひなびた温泉とか嫌いです!もっとゴージャスなホテルとかじゃないと」…ホテルの要求言ってどうする!!そして畳み掛けるようにオレがネットで探したひなびた温泉の案内のプリントを彼女に渡す。プリントには「ワッキー&FUMO50ポイント達成記念ムフフ温泉旅行」と書かれている。人間の屑のやりそうなことである。「楽しみだなあ」とオレ。もう鬼畜である。プリントを渡されて暫くワナワナとしてた彼女。しかし突然ボールペンを握るとなにやらプリントに書き込んでいる。見るとプリントの「ワッキー」を消して、部署のもう一人の女の子のKちゃんの名前を書いている。そして書き終えたプリントをKちゃんに渡すと、彼女はニッコリ笑い、「私の代わりに行って来て!」とKちゃんに告げた…おい!同僚を売るのかワッキー!!それまでみんなと一緒になって笑ってたKちゃん、突然の青天の霹靂に「私、私カンケーないもん!!ヤダヤダヤダ!」と慌てふためいている。…ってかお前らなんでマジに受け取ってるんだよ!オレも面白くなってきたので「んじゃ今回はKちゃんでいいや!Kちゃんよろしく!」といってその場を去る。
そして。お昼休みが終わろうとしていた頃。自分の席でうとうとしていたオレの所にKちゃんがニコニコしながらやってくる。「FUMOさん!こういう事に決定しました!」といって例のプリントを差し出す。見るとワッキーの名前もKちゃんの名前も消してあり、「FUMOムフフ温泉《一人》旅行」と書き換えられている!さらに「お土産待ってます!部署一同」と連盟のサインまで!ヤラレタ!「なんじゃーこりゃぁ〜〜〜〜!」と笑い転げて床でのた打ち回るオレ。彼女の部署にとって返し、「くそ!今回は1本とられたな!しかし忘れるな!ワッキーポイントは必ず蘇るのだ!」と訳のわからない棄て台詞を残して去っていくオレ。完全にオレの負けだ!…会社でここまで遊んでいいんだろうか。
話は終わらない。オレはこのお笑いにキッチリとオチをつけるため、なんと、本当に日光まで一人旅してきたのである。往復8時間!運賃8千円!オレ的には罰ゲームの雰囲気を味わう為に、日光の駅で降りたら滞在は1,2時間と決め、「なんの意味もない旅行」であることを満喫した。そして行ってきた証拠に日光みやげを買い込み、翌日会社でワッキーの部署に配って歩く。「マジ行ったんすか!?」と驚愕する面々。そこまでオレがアホだとは誰も思ってなかったらしい。「ああ行ったさ!行ったよ!一人淋しくな!次はこうはいかないからな!」と遠吠えかますオレ。みんな「FUMOさんは怖いお人や・・・」と思ったに違いない。あー、面白かった。
ワッキーポイントというギャグはこれを期に止めた。あまり引っ張るギャグでもないと思ったからだ。引っ張るといやらしくなる。50ポイント、オレの一人旅行、いいオチじゃないか。
そんな感じでみんなをパニックに陥れていたオレだが、配置転換でこの事務所の連中とはもう一緒ではない。ほとんど人のいない事務所で1日電話取りとデータ入力をする毎日だ。
そんなワッキーが会社を辞める、と聞いたのは1ヶ月前だった。広島の実家に帰るのだという。理由は教えてくれなかった。そして金曜日は、彼女の送別会だった。
送別会は終わり、花束を抱えた彼女と、帰りの電車で一緒になった。彼女と最後の会話。
ワッキー、100ポイントは溜まってたのにな。使い道がないじゃないか。どうしてくれるんだよ」
「そうでした?ムフフ…ってなんだか知りたかったのにな。誰かいい人に使ってあげてくださいよ」
「そっか、そうするか。…なあ、ワッキー。」
「なに?」
「…オレ、お前の事好きだったよ」
「…知ってた」
オレの降りる駅が来て、ドアが開く。元気でね、と握手して彼女と別れる。閉まるドア。電車の中で手を振る彼女。
さよならワッキー