犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎 /コニー・ウィリス(著), 大森 望(翻訳) 早川書房

犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
19世紀イギリスを舞台に、タイムトラベルで史実を調査しに来た学生達の巻き起こすドタバタを描くスラップスティック・コメディ。ヒューゴー賞ローカス賞、他様々の賞に輝く時間SF。
楽しゅうございました。「このまんまじゃ未来が変わっちゃうよ!」と歴史変革に怯えながら、様々な試行錯誤を繰り返すものの、全ては裏目裏目に出ているとしか思えない、主人公達の七転八倒の慌てっぷり。ヴィクトリア朝版「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。こうした時間SFとしての面白さとは別に、作者が力を入れていたのは、19世紀イギリスの風景、風俗を完璧に描ききる事だったのではないでしょうか。この本のほぼ半分のページはこうした人物・情景描写と、いかにもイギリス的な会話の妙味で彩られています。こうした時代ロマンを楽しむのもこの小説の醍醐味でしょう。ただ実を言うと、イギリス古典小説、ないしこの頃の上流階級人たちの教養小説の膨大な引用が会話に盛り込まれ、ちょっと付いていけない部分もありました。こういう素養があったほうがもっと楽しめるんだろうなあ、とか少しいじけていたオレでした。そういった部分では古きよき大英帝国、という物語テンポだし、突拍子も無い事件が起るわけでもないから、ハラハラドキドキを期待するとダメかも。
それとは別に、オレがこの物語で惹かれたのは、物語に登場するブルドッグのシリル、そして猫のアージュマンドの、もう、頬擦りしたくなるような可愛さです。実を言うとそもそもオレ、動物って興味ないんですよ。そのオレがこの小説でこの二匹が登場するとなんだかもうニンマリしてしまってるんですよ。この二匹が、こんぐらかった物語をさらにさらにややこしくしていく様は本当に可笑しかったです。オレがこうなんだから、動物好きの方が読まれたなら楽しさは倍増なんではないでしょうか。
テムズ河の川くだり…というと優雅に聴こえるかもしれないけど、実はこの当時は川が交通渋滞を巻き起こすほど船で混雑していた、という描写にはちょっとだけ驚きましたね。
この小説の姉妹編「ドゥームズデイ・ブック」は一転して中世暗黒時代の小さな寒村にタイムスリップした主人公が、ペストで次々と倒れていく人々を目の前にしながら未来に帰る術を見つけられなくなってしまう、という暗く重々しいストーリーです。これも世界のSF賞を総なめにしました。文庫版が出ているので興味のある方はどうぞ。
それより何よりコニー・ウィリスといえば去年SF・ミステリ界を席巻した「航路」でしょう。今思い出しても鳥肌が立つくらい面白い小説でした。SF小説という訳じゃないんですが、様々なジャンルを含んだボーダーレス小説として幅広い評価を得たんじゃないかと思います。臨死体験実験を繰り返す女医の垣間見た「死後」の世界とは。「この通路は何か見覚えがある。何故だろう?ここは何処だというのだろう?」そして少しづつ明かされる「死」の向こうにある光景。「航路」というタイトルの意味するものとは。魅力に満ちた愛すべき登場人物たち、謎が謎を呼ぶストーリー。クライマックスでは驚愕のあまりしばらく思考が停止してしまいました。(こっからどうやって物語を続けるんだよ!とページに向かって叫んだオレ)どんでん返しに次ぐどんでん返し、そして哀切に満ちた胸詰まる大団円!もう、エンターティメント小説のニュー・スタンダードだとオレは言い切ります。オレの2003年度ベスト1小説でした。皆も読もう。