ブラッドハーレーの馬車 / 沙村 広明

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

ブラッドハーレーの馬車 (Fx COMICS)

書評なんかで「あまりにも酷い」という話だったので読んでみたが、なるほど、酷いっちゃあ酷い話なんだが、この程度の陰惨さなんてマルキ・ド・サドが散々書いていただろうし、”制度の為に生贄にされる処女”という風習は古代文明の時代から世界のあちこちにあっただろうし、童話だって化物の供物にされるお姫様が基本形にあったりするし、別に弁護するほどの作品でもないが、これを批判するのって結局民主主義にどっぷりつかってそれを頑なに信用しているだけのような気がするけどな。
しかし物語だけ取り上げるなら、残酷云々は別としても、これは設定に無理がありすぎるだろ。この物語の舞台となっている架空の国はイギリスをモデルにしているようだが、強力な権力は、反社会的な存在に対し暴力による権力への服従を強制させる事はあっても、セックスによる懐柔で大人しくさせるなんてことは有り得ないだろ。国家がその権力を行使する際、終身刑の受刑者の暴動を防ぐ為に暴力や拷問や精神破壊を犯罪者に加えるのなら分かるけれど、年端も行かない小娘を飴代わりに与えるとは考えられないよな。ってか、もしもこれが中央集権国家であれば「犯罪者に処女なんか勿体無い!オレん所に回せ!」って言うに決まってるっての。だから、この漫画も実は”制度の為に生贄にされる処女”という寓話でしかないのよ。
そうして読んでみると、過激な残酷描写が描かれるのは第一話目のみで、それ以降は、「入ったら二度と出ることの出来ないおぞましい地獄」の周辺を巡る人間ドラマが描かれているんだよね。つまり、その地獄がいかに過酷で容赦無いものなのかを描く為にあの暴力描写は存在したわけで、逆にそれが無ければ、一話目以降が締まりの無いお話になってしまうのよ。だから作品としてきちんと計算されていると言う事はできても、作者が基地外とかサディストだなんてことは絶対無いよね。ある意味狂ってさえいない物語だと思うよ。
ではそもそも何故作者は残酷な物語を選んだか、というのなら、オレはこの作者の作品をちゃんと読んだ事はないが、絵の巧みさや人気などから推し量るに才能のある漫画家だというのは分かるし、そしてそういった才能は、時としてガス抜き、毒抜きの為にあえて毒に塗れた漫画を描いちゃうんじゃないのかな。デトックスってやつね。そしてそれを商業誌にエンターティンメントとして掲載できる。これってやはり恵まれた作家であるから出来る事だと思うね。

エンブリヲ(1)(2)/ 小川 幸辰

エンブリヲ 1巻 (BEAM COMIX)

エンブリヲ 1巻 (BEAM COMIX)

エンブリヲ 2巻 (BEAM COMIX)

エンブリヲ 2巻 (BEAM COMIX)

環境破壊により変異したザザ虫みたいな虫がごんずい玉のように群れを成して学園を襲う!そしてこの虫に寄生された少女が虫を操ったり虫と話したり虫と戦っちゃったりする!というホラー漫画。「とってもキモイ!」という噂を聞いて読んでみました。しかし虫ホラーといえばまず思い浮かべるのは、つのだじろうの『亡霊学級』に出てきた”芋虫弁当”だな!あと楳図かずおの『猫目小僧』の昆虫採集マニアの少年の話とか。まああれこれ挙げなくとも虫とホラーは切っても切れないもんがあるよな。
さてこの『エンブリヲ』、感想としては気色悪さよりむしろ、この作者メッチャ気合入れて書いたんだなあ、むしろ気負い過ぎてるかもなあ、という印象が強かった。作者自体が昆虫好きなのか、昆虫の事をよく勉強して描きました、という意気込みがこもってるんだな。生理的な虫の気持ち悪さはホラーっぽく演出されているが、これを研究する科学部みたいな学生達が出てきてこのザザ虫もどきの正体を科学的に解明しようとするんだね。つまり虫に対して客観的なスタンスも取ってるんだ。そして突然変異を起こした虫たちが何を目論んでいるのか?を考察しようとする。そういった意味ではSF的なアプローチもされているという訳だね。単に「虫キモイ!」というホラーにはなっていない。
いろんなホラー映画を想起させる所も面白い。タイトルの『エンブリヲ』はラルフ・ネルソン監督のホラー『エンブリヨ』を、大量の虫は『スクワーム』を、学園を寄生生物が襲うというコンセプトは『パラサイト』を、背中に寄生する生物は『マニトウ』を、飲み水に入った虫を飲み下すシーンは『ポルターガイスト2』を…とこれも挙げていけばきりがないね。勿論虫愛ずる姫といった主人公はジブリの例の作品を思い出さずにはいられない。オマージュといった訳ではなくホラーとして成立しそうな要素を集めたら自然と似てきたのかもね。
物語的には実にオーソドクスにホラー展開してゆくから先読みできてしまう部分が難かな。最終巻として3巻目の発売もあると思うけど、この先どうなっちゃうんだ?という期待があんまり無いんだよなー。あと虫が喋るのははちょっといただけなかった。

能登の白クマうらみのはり手 / 山上たつひこ

山上たつひこといえば赤塚不二夫いがらしみきおと並び、ギャグマンガ界の頂点に立った漫画家だと言ってもいいだろう。幼少時から青年期にかけて、オレの頭の中はこれらの作品のナンセンスギャグにどっぷり浸かり続け、その性格形成に多大なる影響を与えたであろうことは間違いない。要するに、大好きだったんダッ!もうなあ、ガキの頃は下らないことばっかり言ったりやったりしていたもんなあ。…あ、今でも変わってない…。
この『能登の白クマうらみのはり手』は《THE VERY BEST OF TATSUHIKO YAMAGAMI》と名づけられた山上たつひこ傑作集全5巻の内の第1巻。結構読んでいない作品があって面白かったが、やはり何と言っても《イボグリくん》シリーズが白眉だろうな。《イボグリくん》というのは大昔の漫画《いがぐり君》のパロディなんだが、坊主頭に学生服、小太りの体型をした柔道少年なのだ。漫画『幽気ヶ原の決斗』ではこの《イボグリくん》が朝日を背に「きもちのよい朝だなあ 今日もなんか良いことありそうだぞ」とはつらつとして出掛けるシーンから始まるのだが、道々牛乳配達少年をダイナマイトで爆殺し、睡眠薬を少女に飲ませ乱暴し、さらに果たし状を突きつけてきた宿敵を射殺して、最後は夕日に向かって「明日はきっと日本晴れだぞ」とさわやかに言い放つという、不条理と狂気に満ちたドス黒いギャグ漫画なのである。
他の作品でもブサイクでムキムキの男達が妙なポージングを決める《練馬変態クラブ》ノリのネタなど満載だ!それにしても山上の漫画の登場人物ってホントにブサイクで濃い顔した男が多いよなあ…。そしてその殆どが卑屈でコンプレックスが強くて厚かましくてド助兵衛なのである。要するにカッペ臭い連中ばかりなんだが、山上が全盛期だった頃の日本の男なんてみんなカッペ臭い連中ばっかりだった。勿論オレも含むがな!それは日本なんて結局ムラじゃねえか、って事だったんだと思う。残りの4巻も順次刊行予定で、早く読みたくて堪らんわ!しかし第2巻のタイトルが『にぎり寿司三億年』って…。