ある少年(?)の大冒険活劇~映画『Jagga Jasoos』

■Jagga Jasoos (監督:アヌラーグ・バス 2017年インド映画)

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 『バルフィ!人生に唄えば』の監督による新作映画『Jagga Jasoos』は一言でいうなら「ある少年の大冒険活劇」である。主演は『バルフィ!』にも出演したランビ―ル・カプールと、日本では『チェイス!』他幾つか公開作があるカトリーナ・カイフがヒロインを務めている。カトリーナはちょいお姉さんな役だからいいとして、ランビ―ルが少年役、というのはいろいろ意見もあるだろうが、その辺は置いておこう。

物語の主人公の名はジャッガー(ランビール・カプール)。孤児だった彼はトッティフッティ(サスワター・チャタルジー:実はこの人、『女神は二度微笑む』で不気味な殺し屋役だった人)という男に養子に迎え入れられ、二人は幸せに暮らしていた。海外を飛び回り留守にしがちのトッティは毎年ジャッガーの誕生日にメッセージVHSを送っていたが、その年、トッティからのメッセージは届かず、行方知れずになってしまう。一方、国際的な事件を追うジャーナリストのシュルティ(カトリーナ・カイフ)もトッティを探しに町を訪れていた。ジャッガーとシュルティは意気投合し、トッティ探索の旅に出る。そこで明らかになったのは世界的な武器闇取引の結社の存在だった。トッティはそれを追うスパイだったのだ。

とまあ大雑把にいうとこんなお話なのだが、ある種クライムサスペンスを思わせるテーマであるこの物語を、アヌラーグ・バス監督はコミカルでファンタジックな、あたかもカートゥーンジュブナイルを思わせるような冒険活劇に仕上げているのである。それはまず、ジャッガーのヘアスタイルがバンドデシネ作品『タンタンの冒険』の主人公タンタンを彷彿させるものである部分からも伺えるであろう。『タンタンの冒険』は2011年にスティーブン・スピルバーグ監督により『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』としてCGアニメ映画化されているが、あれと同じように一人の少年が世界を股にかけて冒険を繰り広げるのがこの『Jagga Jasoos』なのだ。

「コミカルでファンタジック」な部分は、まず主人公ジャッガーに集約される。ジャッガーはどもりがひどくまともな会話が出来ない少年なのだが、場面によって突然ミュージカルシーンとなり、ここではジャッガーは自分の思ったことを歌(ラップ?)で伝えることが出来るのだ。インド映画というと兎角「歌と踊り」が取り沙汰されるが、物語にエモーショナルな味付けをする為の場合が多く、逆にこの『Jagga Jasoos』では 「歌と踊り」によって台詞が説明されることから、よりミュージカル的であるといえ、その部分に野心的かつ実験的であることを感じさせられた。そしてこれらミュージカルシーンがどれもコミカルな味付けが成されており、それがとても楽しく、また強烈にカラフルでファンタジックな味わいを醸し出しているのだ。

物語の流れそれ自体もコミカルでファンタジックだ。ジャッガーの相方を務めるシュルティがまたドジっ子で、どこかジャッガーと凸凹コンビのようにすら思わせる。悪党どもと追いつ追われつの緊張したアクションシーンも山ほど盛り込まれるけれども、これらのアクションはどこかバスター・キートンのサイレント・コメディを思わせる味わいがあり、緊張の中に可笑し味が籠っているのだ。そして場面場面の美術の美しさはまるで夢の中の出来事のようにすら感じさせてくれる。そしてこれら全ては、アヌラーグ・バス監督の前作『バルフィ!』と非常に多くの共通点を持っている。主人公が会話によるコミュニケーションに困難であるといった部分も一緒だ。

物語の最初の舞台となるのはインドのマニプール州。これ、調べてみたら、インド東部の殆ど飛び地みたいになっている州のことだったんだね。ミャンマーに国境を接していることから、ミャンマーもまたもう一つの舞台となっているぐらいだ。ミャンマーの首長族とか登場してびっくりさせられた。また、こんな飛び地な土地なので、分離独立運動も存在するのらしく、物語で武器商人が暗躍するのはそんな背景があるからなのだろう。

さらに舞台はアフリカへと飛ぶ。ここで登場するケニアの都市モンバサの光景をインド映画で観ることになるなんてある意味びっくりさせられる。アフリカンミュージックでインド俳優が踊るなんてありそうでなかったことじゃないか。さらにキリンやダチョウまで登場し、否応なくアフリカ気分が高まる。インドのカラフルさとアフリカのカラフルさは似ているようでやはり別物で、そういった部分を確かめるのもまた楽しい。面白いのはミャンマー、インド、ケニアは地図で調べると一直線上にあることで、「武器供給ルート」として説得力がある。

ただ、非常に意欲的であり画期的であり野心的であるこの作品、十分よく出来ているにもかかわらず、所々で飽きてきてしまう部分があるのも確かだ。というのは、演出がどうにもクドイのだ。繰り返しのシーンがあり、説明過多なシーンがあり、変化があるように見えて一本調子のシーンがあり、さらに緊張感の高まったシーンでジャッガーにドモられると、気の毒とは思うがちょっとイラッとさせられるのだ。アクションは引用の多用のせいか新味に乏しくさらにスピード感に乏しい。悪党どもは残忍と思わせながら時として愚鈍でキャラがはっきりしない。最大の難は主人公ジャッガーがエキセントリックすぎて今ひとつ感情移入できないという点だ。これらは実は『バルフィ!』にも感じた不満でもあって、多分アヌラーグ・バス監督とはちょっと相性が合わないのではないかという気もする。『ギャングスタ―』は面白かったんだけどなあ。


Jagga Jasoos | Official Trailer | In Cinemas July 14

終わりなき詩、終わりなき芸術~映画『エンドレス・ポエトリー』

■エンドレス・ポエトリー (監督:アレハンドロ・ホドロフスキー 2016年フランス、チリ、日本映画)

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カルト映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーの最新作は前作『リアリティのダンス』(2013)の続編となる作品だ。そして前作同様ホドロフスキーの伝記的物語が描かれることになる。

『リアリティのダンス』はホドロフスキーの少年時代を描く作品だった。そこではチリの寂れた炭鉱町トコピージャで生まれたアレハンドロ少年が、持って生まれた強烈な感受性により世界を"幻視"する様が描かれるが、同時に、どこまでも暴力的で抑圧的に振る舞う父親と「映画作品」という"フィクション"の中で"和解"するという、単なる"自伝的作品"の枠を超えた文芸作だった。それはただ"過去"を語るのではなく、時空を超えて"過去"を再構築し、不幸であった少年時代を幸福の中に完結させようと試みる"救済"の物語であり、暴力的であった父親の魂の底にある澱を清浄なるものへと変容させようとする"赦し"の物語でもあったのだ。

そして今作『エンドレス・ポエトリー』では、ホドロフスキー一家がトコピージャからチリの首都サンティアゴへと移転するところから始まる。ここで描かれるのは青年となったアレハンドロの姿だ。彼はここで幼少時からの持ち前のインスピレーションを形にすることができる行為、【芸術】へと目覚めてゆくのだ。抑圧された少年時代を過ごした彼にとって、【芸術】とは何一つ制約が無くどこまでも自由な世界だった。そしてその自由さとは魂と行動との"アナーキーさ"を意味していた。こうして、青年アレハンドロは数々の"アナーキーな"芸術家たちと出会い、さらに"アナーキーな"恋人を見出し、自らも"アナーキーな"芸術家として花開いてゆくのである。

ここでのエピソードをひとつひとつ紹介することはしないが、まあ、なにしろ、とことん型破りで破天荒で奔放で、「芸術は爆発だ」状態のエピソードが次々に語らてゆく。そしてアレハンドロ青年が愛した毒婦ステラのあまりに常識外れのビジュアルと言動・行動には度肝を抜かされること必至だろう。これらはホドロフスキー一流のメタフィクショナルな情景なのかと思われるかもしれないがそうではない。ホドロフスキーの自伝小説『リアリティのダンス』を読むと『エンドレス・ポエトリー』における物語はステラのビジュアルも含め、ほぼ80%ぐらい現実にそうであったらしいのだ。まあ要するに、青年期のアレハンドロと彼の周囲は真実ハチャメチャの限りを尽くしていたということらしいのだ。

もちろんただハチャメチャだったのではなく、これら全てはアレハンドロ青年らの、【芸術性】の発露だった。そして、【詩人】を自称するアレハンドロ青年には、このハチャメチャこそが、彼にとっての【詩】だったのだ。シュルレアリズム文学を語る上で有名な「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」という言葉があるが、出会うはずの無いモノ同士が組み合わされた時に生まれる新たな意味、現象、象徴、そしてそれらを出会わせるための恣意的な行動=【ハプニング】を、アレハンドロ青年らは目論んでいたのだ。【ハプニング】は50年代末から全世界で巻き起こった芸術運動の一つを指す言葉だが、アレハンドロ青年はそれと知らずにこの【ハプニング】を巻き起こしていたのだと考えられる。

即ち、『リアリティのダンス』がホドロフスキーの「胎動篇」だとすると、この『エンドレス・ポエトリー』は「躍動篇」だということができる。前作において中心的に描かれた父親との軋轢の物語は完結し、ここでは個人としてのアレハンドロがどのように人生と芸術に目覚めてゆくかが描かれるという訳だ。しかし、「父と子の軋轢」というある種普遍性を帯びた前作に比べ、この作品はより個人的であり、同時に「芸術とは何か」という抽象的な物語になっており、実の所”芸術”に興味が無ければ放埓の限りを尽くしたボヘミアンな群像描写に「この人たちナニやってるの?」という感想で終わってしまうきらいもある。とはいえ、それを抜きにすれば次々と表出するマジカルな映像の妙にとことん堪能できる作品だろう。

ホドロフスキー監督も今年で齢88歳、この歳にしてこの切れ味の作品を作り上げること自体驚異という他ないが、『リアリティのダンス』『エンドレス・ポエトリー』と続いたホドロフスキー自伝作品群は3部作になるとも5部作になるとも言われており、これはもうホドロフスキーの人生の集大成であり彼がその活動の中で何を人々に伝えたかったかの総集編となることは間違いないだろう。既に世界唯一無二の鬼才監督であり、オレが心の底から尊敬している数少ない映画監督の一人であるホドロフスキー、次の作品も待ち遠しいけれど、できるだけ長生きして、その深淵たる思索に満ちた人生を全うしてほしいものだ。


「エンドレス・ポエトリー」予告編


88歳鬼才ホドロフスキー監督最新作メッセージ/映画『エンドレス・ポエトリー』ホドロフスキー監督メッセージ映像


『エンドレス・ポエトリー 』アダン・ホドロフスキー インタビュー|"Endless Poetry" Adan Jodorowsky (Actor)

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インドのお受験狂想曲~『Hindi Medium』

■Hindi Medium (監督:サーケート・チョウドゥリー 2017年インド映画)

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娘を有名校に入学させたいばかりに悪戦苦闘アーンド七転八倒を繰り広げちゃう!という夫婦を描くコメディ作品です。

舞台は大都会デリーの下町チャンドニー・チョーク。ここで洋裁店を営むラージ(イルファーン・カーン)は娘のピヤーをなんとか名門校で学ばせたいと妻のミーター(サバー・カマル)ともども頭を悩ませていました。ラージ夫妻はデリーのトップ校デリー・グラマー・スクールに娘を入学させるため、遂に学区内である高級住宅街バサント・ビハールに引っ越します。ところが教育の低いラージ夫妻はそれが理由で娘の入学が困難と知り、早くも暗礁に乗り上げます。しかし二人は学校に「貧困者優遇入学」という措置があり事を知り、今度は貧乏人に成り済まそうと貧民街に引っ越すのです!さてさて二人の目論見は成功しますか否か!?

「インドのお受験事情?ナニソレ?」と最初は思ってたんですが、これが観てみると無類に面白い作品で、ひょっとしたら2017年で最も重要な作品の一つなんじゃないかな、とすら思わせてくれました。

まずインドならではのお受験事情ですが、なにしろ子供の頃から英語ができなきゃ始まらない!なにしろ英語ができることがエリートコース!ってことらしいんですね。とはいえ子供だけじゃなくて親も教育が高く無きゃいけない!なんてハードルまであってさあ大変。さらに入学時に親の面接をするってのは日本でもありますが、この面接専門のカウンセラー業ってェのがインドにはあるらしく、映画ではそのカウンセラーにあれこれアドバイスされながらも、全くエリートらしく振る舞えないお父さんラージのダメダメぶりと開き直りぶりが可笑しくて仕方がない。この辺、イルファーン・カーンがメッチャとぼけた演技をかましてくれて大いに笑わせてくれるんですよ。

そんなダメダメな旦那に半分切れ気味なのが妻のミーター。娘の将来の為に眼尻上げ気味に奮闘しまくってるのに、暢気すぎる旦那が歯痒くてしょうがない。そんな旦那に檄を飛ばすもたいてい「うんにゃあ?」ってな態度で返されさらに怒り倍増。なんか日本でも見かけそうな光景ですねえ……。こんな妻を演じるサバー・カマルが美人ながら生活感のある演技を見せてくれて冴えていました。

こういった「お受験事情」以上に個人的に興味深かったのはインドで暮らす様々な人々の社会階級(カーストのことではない)が詳らかにされていたことでしょうか。当然映画ならではの誇張した脚色もあるのでしょうが、上流・中流下流の人たちの生活をそれぞれに並べて描いて見せているんですよ。

まず中流、というのは主人公夫妻の最初の生活の様子でしょう。可笑しかったのは高級住宅街に越して上流階級の人々を招いてのホームパーティーのシーン。初めてキャビアを食べたラージが「なんじゃあこりゃあ?」と顔をしかめるのも可笑しかったし、客にウイスキーばかり勧めようとするラージに「お里が知れるからヤメテ!」と顔をしかめる奥さんの気苦労ぶりがまた可笑しい。おまけにボリウッドダンスソングで踊り出したラージに上流の人たちが面食らうんですね。インド人も上流になるとボリウッドダンスなんてはしたないと思ってんのかよ!?

さて貧民街に越してきてからも受難が待っています。住民を前につい英語が出てしまうと「なにその英語!?」と怪訝な顔をされるんです。部屋にはネズミは出るわ逆に今度は水が出ないわで大騒ぎ。ペットボトルの水を飲んでいたら「ホントにあんた貧乏なの?」と疑われるしこっそりATMでお金を下ろそうとしたら近所のおっさんに見とがめられ「いくらビンボだからってATM強盗はやめろぉ~~~!」と止められる始末。こういった、上流にも下流にも馴染めないラージ夫妻を面白おかしく描きながら、インドの様々な階級の人々の生活を浮かび上がらせてゆくんです。

とはいえ、いくらなんでも「貧乏人に成り済まして入学枠を貰っちゃえ!」というのは短絡的で犯罪的な行為。映画ではこういった人道性もきちんと描き、では、ラージ夫妻はいったいどうするのか?という部分で鮮やかなクライマックスを迎えます。嘘に嘘を塗り固めてどんどん苦しくなってゆく、というのはインド・コメディの基本形でもあるんですが、お受験に頭を悩ませ奔走する親や経済格差という現実的な社会問題を交え、それをさらりとコメディにまとめた手腕はさすがです。そしてそんな大騒ぎする両親を尻目に、いつも屈託なく笑顔を浮かべている娘ピヤーの姿に「どんな環境であろうと、親の愛情さえあれば子供はきちんと育つもの」とちょっと思わされました。


Official Trailer: Hindi Medium | Irrfan Khan | Saba Qamar & Deepak Dobriyal | In Cinemas 19th May

 

 

スタニスワフ・レムのデビュー作収録『主の変容病院・挑発』を読んだ

主の変容病院・挑発/スタニスワフ・レム

主の変容病院・挑発 (スタニスワフ・レムコレクション)

友人との再会から、青年医師ステファンは、煉瓦塀に周囲をかこまれ、丘の頂に屹立する、ビェジーニェツのとある病院に勤務することになる。そこ、「主の変容病院」では、奇怪な精神と嗜好を有する医師と患者たちが日々を営んでいた。彼らに翻弄されるステファンだったが、やがて病院は突如姿を現したナチスによって占拠されてしまう。次々と連行される患者たちを前にステファンの懊悩はなおいっそう深まっていき……レムの処女長篇『主の変容病院』のほか、ナチスによるユダヤ人大虐殺を扱った架空の歴史書の書評『挑発』や『二一世紀叢書』など、メタフィクショナルな中短篇5篇を収録。

 ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの中短編集『主の変容病院・挑発』は国書刊行会からリリースされている「スタニスワフ・レム コレクション 全6巻」の最終巻となる。その収録作『主の変容病院』はレムの処女長編として貴重な作品だ。

この『主の変容病院』、なにやら意味ありげなタイトルだが、実は非SF作品である。「主の変容」とは新約聖書に登場する言葉なのらしく、なにがしかの暗喩はあるとしても字面的には「聖○○病院」ぐらいの意味なのだろう。そしてその物語とは、精神病院に赴任してきた青年医師がそこで出会う様々な人々との体験、そして次第に色濃くなるナチスドイツによるポーランド侵攻の災禍を描いたものとなる。

非常に鮮やかで緻密な自然描写、まるで手術台で検分されているかの如く鋭利に切り分けられ描き出される人間心理、確かにその後SF作家として大成するレムの文体とは違うものの、ここには作家として十二分の才能を兼ね備えた新進作家の、鋭い観察眼と巧みな筆力に裏打ちされた高い完成度の作品を見ることができる。

特徴的なのはやはり、どこか突き放したような冷徹な文体の在り方だろう。レムにとって文学は、深い情動なのではなくいかに高い論理性のもとに描くかだったのだろう。しかしこれはある意味純文学とは相容れないもののように感じる。その後のレムがSFへと移行した理由は、彼の持つ高い論理性と思考力の為だったように思う。そういった意味では、非SF作品ではありながら、SF的な論理性の中で書かれた文学といった趣がある。

個人的には、この作品における登場人物たちの幾人かが、レム個人の性格を反映しているのではないかと邪推しながら読むのが面白かった。主人公である若き医師はもとより、病院の入院患者であり主人公と懇意となる作家のキャラクターの中に、レムのキャラクターの一面が存在しているのではないか。特にこの作家の饒舌な衒学性は、レムのメタフィクショナルな作品の口調と瓜二つではないか。

「処女作にはその作家の全てが詰まっている」という俗説があるが、その線で言うなら、この『主の変容病院』はレム理解のための重要な作品ということもでき、ファンなら必読の作品という事が出来るだろう。

この『主の変容病院』以外の収録作はレムお得意の”架空の書物の書評”『挑発』と、シニカルな仮定を積み重ねてゆくこれもある意味架空の評論『二一世紀叢書』といった短編が収められている。これらに通底するのは思考実験であり遊戯としての論理展開だろう。これらは、それだけで小説のアイディアとして使えるようなテーマを、物語化するのもまだるっこしいからあえて要点と結論だけを並べたものなのだろうと思う。レムはきっとせっかちだったのだ。

主の変容病院・挑発 (スタニスワフ・レムコレクション)

主の変容病院・挑発 (スタニスワフ・レムコレクション)

 

ゲームコミカライズ『ウィッチャー』を読んだ&最近読んだコミック

■ウィッチャー 1: HOUSE OF GLASS/ポール・トビン、ジョー・ケリオ

ウィッチャー 1: HOUSE OF GLASS (GーNOVELS)

全世界で600万本以上売り上げたという超人気MMORPG『ウィッチャー』のコミカライズ『HOUSE OF GLASS』である。 さてそんな超人気ゲームをオレがプレイしたことあるのかというと、……実はやってない。

じゃあなんでこのコミカライズを読んだのかというと「表紙がマイク・ミニョーラだったから」、ただそれだけである。いやー、カックイイ表紙っすよねえ。じゃあ中身は?というと実はこれがゲームの事はまるで知らないにも関わらずなかなか楽しめた。

物語はモンスタースレイヤーである主人公ゲラルトが、旅の途中知り合った男と共に怪しげな森の奥の不気味な館に閉じ込められてしまう、というものだ。じっとりと薄暗い世界には常に魑魅魍魎が跋扈し、森は死の臭いを放ち、館には呪われた”何か”が息を潜めている。その中で主人公は化け物たちを倒しながら呪いの秘密を解き明かしてゆく。

読んですぐ、相当しっかり形作られた世界の中の一つの物語、というのがはっきり伝わってくる。これはそもそもゲームそれ自体の世界観が奥深いものだからなのだろう。コミックの構成自体は多少のもたつきを感じるが、淫靡かつ陰惨な雰囲気は縦横に漂っており、『ウィッチャー』の世界にすっぽりハマって楽しむことが出来た。

なにより、このコミックを読んだ後、ゲーム『ウィッチャー』をやりたくなってしまった、というのがこのコミックへの最大の賛辞となるかもしれない。それだけ主人公や世界観が魅力的だったのだ。というわけでゲーム『ウィッチャー3 ワイルドハント ゲームオブザイヤーエディション』をついつい購入してしまったよ!クリア時間100時間以上だってよ!ヤバイよブログなんか書いてる場合じゃ無いよ!

ウィッチャー 1:HOUSE OF GLASS (G-NOVELS)

ウィッチャー 1:HOUSE OF GLASS (G-NOVELS)

 
アオイホノオ(18)/島本和彦
アオイホノオ 18 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

アオイホノオ 18 (ゲッサン少年サンデーコミックス)

 

いよいよ連載の始まったホノオ君なわけだ。例によってドタバタジタバタしているように見えはするが、よく観察すると確実にプロとしてやってゆく気構えが固まってきていて、同時に言い訳かませつつも「自分のやり方」を押し通すのが正解という事にきちんと気付いていて、 あーやっぱり少しづつ成長してるんだなあ、いいなあ若者が悪戦苦闘しながら成長するのを見るのは、とオジサンちょっと思った。

■BOX~箱の中に何かいる(3)/諸星大二郎
BOX~箱の中に何かいる~(3)<完> (モーニング KC)

BOX~箱の中に何かいる~(3)<完> (モーニング KC)

 

 諸星大二郎の超現実ダークファンタジー最終巻。所々苦しい部分はあったけど、作者楽しんで描いてるなあというのが伝わってきてこれはこれで面白かった。物語が、とか仕掛けが、というよりも諸星を読む、というのがなにしろ重要なことだからな。

■レイリ(4)/岩明均(作)・室井大資(画)

影武者少女の凄惨な生き様を描く作品なんだが、この4巻では影武者テーマから離れ、武田VS徳川の「高天神城の戦い」 を中心に描かれることになる、歴史的に有名な戦いではあるが、この戦いの背後に少女レイリの活躍があった、とフィクションが挿入されてゆく様が楽しい。とか言いつつ実はオレ日本の歴史チンプンカンプンなんだけど、この戦いに関しては「水曜どうでしょう」で扱ってたので知っていた!!

■食の軍師(6)/泉昌之
食の軍師(6) (ニチブンコミックス)

食の軍師(6) (ニチブンコミックス)

 

 今回は「大衆食堂編」ということであちこちの大衆食堂を舞台としながら例によって東郷と力石がどうでもいいようなメニュー対決してゆくという流れ。まあしかし、大衆食堂、作者の趣味として分かんないでもないけど華が無いというか実の所フツー過ぎるんだよな。行って食ってみたいとあんまり思わないんだよな。とはいえ小技に走る東郷が力石の大技に常に撃沈させられる予定調和はやっぱり楽しい。

監獄学園(プリズンスクール)(26)(27)/平本アキラ

 前回までの長い長い「騎馬戦」ネタがやっと終わり、なにしろネタ引っ張り過ぎて飽きてきていた『監獄学園』なんだけど、通常運転に戻ってみるとこれが以前の調子を取り戻してきていて最高に笑わされた。しかもここからは超絶エロギャグだったのが超絶エロラブコメに発展し、これまでの登場人物たちがどんどん三角関係に陥ってゆく様にストーリーテリングの巧さが垣間見え、才能があってエロだと無敵だな、としみじみと思わされたのであった。

聖☆おにいさん(13)(14)/中村光
聖☆おにいさん(13) (モーニング KC)

聖☆おにいさん(13) (モーニング KC)

 
聖☆おにいさん(14) (モーニング KC)

聖☆おにいさん(14) (モーニング KC)

 

 『聖☆おにいさん』も12巻まで読んで「そろそろネタ切れかなあ」と思ってコミック買ってなかったんだけど、なんとなく久しぶりに買ってみたら意外や意外、ネタ切れだなんて失礼極まりの無い、まだまだそれがあったか!?と思わせる大ネタがかまされていて実に楽しかったな!作者ホントよくこれだけネタ尽きないよなあ。おみそれしました。

■呪いの都市伝説モンスター(アンソロジー)
呪いの都市伝説モンスター (KCデラックス)

呪いの都市伝説モンスター (KCデラックス)

 

呪いの都市伝説モンスター!!このアンソロジーは「口裂け女」や「赤マント」や「人面犬」など日本でお馴染みの都市伝説、「ゴートマン」や「バネ足ジャック」や「モスマン」など海外の都市伝説を題にしてそれぞれ10作品10漫画家で綴られたアンソロジーなんだね。強烈に企画モノ臭しかしないんだけどさにあらず、あまり馴染の無いホラー漫画家の作品が読めて、それらのイビツな味わいが楽しめて結構みっけもんだったな。何よりこのアンソロジー、花輪和一逆柱いみりの新作が読めるってだけで価値あると思うよ。